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「南北戦争」が「台湾併合」の手本

 では、「よりリスクの低い方法」とは何か。

 そのヒントとなるのが、筆者が監訳者として2023年9月に出版した『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)だ。中国国防大学教授で上級大佐の劉明福が2020年10月に中国で出版した『強軍の夢』を翻訳したものである。

劉明福著『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)

「中国が世界一の国家になるための構想」を綴った劉明福の著作『中国の夢』(2010年刊)は、中国内で大ベストセラーとなり、その文言や基本コンセプトは12年に発足した習近平政権の政治スローガンにも採用された。劉明福は、習近平の戦略づくりや政策決定に影響を与える「戦略ブレーン」といえる。

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『強軍の夢』は、『中国の夢』の続編である。だが、中国内では、草稿の約6割が削除されて、ようやく出版が許可された。削除部分が指導部にとって「都合が悪い」と判断されたからだろう。

 今回、筆者は草稿全体を独自に入手し、削除部分も含めて日本で出版した。中国語版では、「中国による台湾併合」を論じた第五章「反台湾独立から祖国の完全統一へ」が丸ごと削除されている。

 この章では、1861年に米国で起こった「南北戦争」を「統一戦争」と見立て、北部連合が統一のための「錦の御旗」をどう掲げて、南部をどう打ち破ったか、その過程を緻密に分析したうえで、中国による台湾併合の戦略を描いている。

習近平国家主席 ©時事通信社

 要するに、「南北戦争で国家統一を死守した米国」こそ、「台湾統一をめざす中国」のお手本だというのだ。だが、こうも付け加えている。

〈1860年代の(略)米国内戦では、北部が南部を徹底的に打ちのめし、4年間の戦争を通じて双方の死傷者は膨らみ、国が背負った代償も大きかった。21世紀の中国統一のための台湾戦争は、「米国内戦モデル」を回避しなければならない。つまり野蛮で陰惨な戦争ではなく、人類史のなかで前代未聞の「知能戦」「文明戦」そして「死者ゼロ」の戦い方でなければならない。この戦争は、「中国の特色ある新型戦争」と言え、世界戦争史上の奇跡を起こすもので、21世紀における知能戦争の新境地を切り開くものになるだろう〉

〈古今東西、世界の戦史における上陸作戦は、多くの代償を伴うものだ。この伝統的な「上陸作戦モデル」は、自他共に損失が甚大だ。台湾問題を解決するための「中国統一戦争」は、このモデルに別れを告げる新型作戦となる。それは、「戦わずして敵兵を屈服させる」戦争ではなく、「巧みに戦うことで敵の戦意を喪失させる」「知恵をもって戦うことで敵の心を潰す」戦争なのだ。「人員に死傷なし」「財産の破壊なし」「社会に損害なし」という特徴を有する大勝利を目指すものだ〉

 これまで『孫子の兵法』の言う「戦わずして勝つ」という手法を中国側が採用すると指摘する内外の研究者はいた。だが、劉明福はさらに踏み込んで、「巧みに戦うことで敵の戦意を喪失させ」「敵の心を潰す」ことで、人命だけではなくインフラなどもいっさい破壊せずに併合を図る斬新な手法を示している。

本記事の全文は「文藝春秋」2024年2月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています(峯村健司「台湾『2025海上封鎖』シナリオ」)。