『ファミリー・ライフ』(Akhil Sharma 著/小野正嗣 訳)

 インディラ・ガンジーが圧政を布いた七〇年代半ば、家族は新天地を求めてアメリカに渡る。秀才の兄ビルジュにコンプレックスを持ちながらも、テレビと素敵な図書館のあるアメリカ生活にアジェは馴染んでいく。学校では人種偏見によるいじめにも遭うが、兄の機転で、それも乗り切った。

 アジェが十歳の夏、ビルジュがプールで事故に遭う。飛び込みで頭を打ち、脳を損傷して全身不随に。

「ブロンクス理科高校」というエリート校に、ビルジュは合格したばかりだった。それは兄の栄光の瞬間であり、貧しい移民一家の希望でもあったのに。示談金は胸を抉るほど少額で、植物状態のビルジュの介護は家族の生活に重くのしかかる。父は酒に溺れ、母はいら立つ。隣人たちは、怪しげな治療法とともに近づいてきたり、あっという間に離れて行ったり、浮草のように頼りない。

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 現実の過酷さに向き合う力をくれるのは、祈ることと書くことだ。アジェは想像の中の、自分だけの神様と対話することで、心の重荷を少しだけ下ろす。経験をフィクションにして語り直すことで、ネガティブに強く傾くこともある感情を解き放ち、納得はできないまでも現実を受け入れて生きることを学ぶ。

 自伝的小説としてこれを書いた作者は、いくすじもの記憶を辿り、家族に起こったことを丹念に書きつけ、石を磨いて宝石にするように物語を完成させた。作者の友人でもある作家が、その想いを受け取って翻訳した日本語を、私たちは読むことができる。

 十四歳で人生最高の栄光に到達した兄は、それから先、ただひたすらベッドの上で時を重ね、白髪までが生えてくる。アジェは、元気だった兄の年をたった四年で追い越すが、植物状態の兄はいつも彼の人生の身動きしない併走者だ。

 家族の重さ、救いがたさ、度しがたさ、その絆、その重み、かけがえのなさ、輝き、そんなもののすべてが一冊に詰まっている。

Akhil Sharma/1971年、インド・デリー生まれ。8歳で家族とともにアメリカへ移住。プリンストン大学で学び、投資銀行に数年間勤務後、創作活動に専念。

おのまさつぐ/1970年生まれ。小説家、仏語文学研究者。

なかじまきょうこ/1964年東京都生まれ。『小さいおうち』で直木賞受賞。近刊は『樽とタタン』(新潮社)、『長いお別れ』(文春文庫)。

ファミリー・ライフ

Akhil Sharma

新潮社
2018年1月31日 発売

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