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「すべて試して、言葉でどこまでいけるか見てみたい」新芥川賞作家・九段理江が「生成AIが登場する小説」を書いた理由

〈芥川賞受賞『東京都同情塔』〉九段理江さんインタビュー

2024/01/19
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 会見の応答も、たいへん堂に入ったものだ。どんな問いかけにも九段さんは、しっかり中身の詰まった言葉を返していく。作品の完成度の高さについては、

「そのような評価をいただけるなんて夢にも思ってもいませんでした。今回はアンビルト(実現しなかった建築などのこと)をモチーフにしていますが、書いている途中は作品自体がアンビルトになってしまうのではないかと恐る恐る、不安な思いで書いていました。

 完成したあともずいぶんグラグラしている小説だなと考えていて、いまにも崩壊しそうな危うさや不安定さが、この小説の魅力かとは思っています。それも含めての完成度の高さということでしたらうれしいです」

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©鈴木七絵/文藝春秋

書き続けるテーマは「言葉」

 作品内には、昨今話題の生成AIが使われる場面が出てくる。その部分の執筆時には、実際に生成AIを活用したとも言う。

「(生成AIのChatGPTなどを)ふだん自分でも使ったりはします。誰にも言えない悩みを、人工知能にだったら話せるかなと、悩み相談をしているときもあります」

 今作で描こうとしたテーマは、建築や恋愛というよりも、言葉であるとも述べた。

「近年、言葉を無限に拡大したり無限に解釈することが許容される状況があると思います。言葉を大切に使っていきたいという思いはあるんですけど、言葉のポジティブな面とネガティブな面をどちらも考えていかなければ。言語やコミュニケーションのことは幼いころから考えてきた問題で、どんな小説を書いても最後には戻ってきてしまうテーマです」

 会見は限られた時間ゆえ、興味深い返答の数々をさらに詳しく聞きたい思いが残る。

 そこで翌日、ご本人に話を聞けた。

 選考会当日は、どんな様子で一報を待っていたのだろうか。

サラダを頬張った瞬間に電話がかかってきて…

「日中は雑誌の撮影のために、作品の舞台となった国立競技場を訪れていました。そのあと近くのカフェで連絡を待ちました。映像で密着取材していただいている方々や編集者の方々といっしょで、なかなかの大所帯。

 まだ時間に余裕があるのでサラダを食べてしまおうと頬張った瞬間、ずいぶん早く電話がかかってきました。口の中にたくさんのレタスやらオニオンやらを入れた状況で電話をとることになってしまい、ろくにお返事もできず、ただ『はい、はい……』と言うばかりで。

©鈴木七絵/文藝春秋

 密着取材のテレビカメラも回っているかなと考え、こんな瞬間にもテレビ映りを気にして自意識過剰になっている自分はどうなんだと思ったりもして、すこし混乱状態でした。せっかくうれしいお知らせをいただいているのに、心から『やったー!』という気持ちになれずじまいなのが残念でしたね」