「その屋根はある種、崇高で神秘的なエネルギーを私にもたらしていた。まるでひとりの女神が、もっとも美しく、もっとも新しい言語で、世界に語りかけているかのようだ。私は彼女の話す声に耳をそばだて、時に彼女に返事をした。」(『東京都同情塔』)

「ひじょうに完成度が高い」

「欠点を探すほうが難しい」

 1月17日に都内で開かれた選考会の席上で、そんな声が相次いだ。

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 第170回芥川龍之介賞を受賞した、九段理江『東京都同情塔』についての評価である。近年稀に見る早さで選考結果が出たことは、いかに同作が抜きん出ていたかを物語る。

東京都同情塔』で第170回芥川賞を受賞した九段理江さん ©鈴木七絵/文藝春秋

ザハの国立競技場が建った「もうひとつの東京」が舞台

 風変わりなタイトルを持つ受賞作のストーリーはこうだ。

 来たるオリンピックへ向けて、キールアーチを持つザハ・ハディド設計の国立競技場が建った「もうひとつの東京」が舞台。そちらの世界では競技場と呼応するように、犯罪者収容施設「シンパシータワートーキョー」が構想され、実現へ向け動いている。

 

 建築家・牧名沙羅がその設計者として名乗りを挙げる。年下のデート相手・東上拓人がタワーを「東京都同情塔」と言い換えたのを聞き、デザインの方向性は定まっていく。沙羅と拓人が描く東京の未来はどんなものになるのか――。

「小説は好きで一人で書き始めましたが、書き続けるのはどうしても難しいものですから、その力をくださり応援してくださる方々へありがとうございますとお伝えしたいです。感謝を伝えたいという気持ちでおります」

 選考直後の記者会見に颯爽と現れた九段理江さんは、一つひとつ噛み締めるよう丁寧に言葉を発した。

©鈴木七絵/文藝春秋

 小説家としてのキャリアは浅いものの、彼女の受賞歴は凄まじい。

 2021年『悪い音楽』で第126回文學界新人賞を受賞しデビューすると、翌年に発表した『Schoolgirl』で23年の第73回芸術選奨新人賞を獲得。同23年の『しをかくうま』では第45回野間文芸新人賞。そしてこのたびの芥川賞である。デビュー後3年ですでに、名だたる賞を4つも得ていることとなる。