令和5年、将棋界に新たな歴史が刻まれた。藤井聡太氏(以下、敬称略)による、史上初となる八冠達成である。この弱冠21歳の青年の活躍を祝福したい反面、私は複雑な心境にもなった。なぜなら私は彼と同じ年頃、竜王を目指していたからだ。

 しかしながら新宿将棋センターにて、加藤一二三氏と思しき恐るべき棒銀使いの爺さんに叩きのめされ、竜王への道を諦めたことは以前に記した通りだ。(悪夢であった――、今思い返しても銀が飛車の動きをしていたとしか考えられぬ)。私には未練がある。どうにかして私が高橋竜王になる手立てはないだろうか――。

史上初の「八冠」となった藤井聡太 ©文藝春秋

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真実を鮮やかに証明してみせよう

 して、竜王の話はさておき、藤井の棋力戦術云々については、専門家たるプロ棋士の皆様が充分に分析しているだろうから、私は本稿で、文豪らしくその類稀な観察眼を持って「人間、藤井聡太」に迫ってみたい。貴様が藤井聡太を解き明かすことになんの意味がある、諸君は思うだろう。これには人文科学的に意味がある。人間、藤井聡太の深層を明らかにすることは、天才の深層を明らかにすることでもあり、天才の原理が解明されれば、第二、第三の藤井聡太を生み出すことも可能であろう。

 そして私の理論は、すでに8割がた仕上がっている。結論から述べると、藤井の嗜好のすべては、彼の無意識下たる深層で“将棋”と繋がっている。そんな馬鹿なことがあるか、諸君は思うだろう。しかし事実は小説より奇なり、私が本稿にてその事実たる真実を鮮やかに証明してみせよう。そして我が論はまず、より無意識に近い藤井の幼児期へ遡る。

読書と将棋にどのような相関があるのか

 藤井は幼児期、夢中でキュボロで遊んでいたという。文豪の手にかかれば、キュボロと将棋の繋がりを証明することは容易い。キュボロは、立方体を積み木のように組み合わせて、ビー玉の通り道を作るというスイスの玩具だ。正解を逆算して立方体を組み合わせていく行為、つまり原理的には詰将棋と同じだ。彼の終盤力は、彼が得意とする詰将棋によって培われたと言われているが、その背景には幼児期にキュボロに親しんだという原体験があるのだ。これにてまずキュボロと将棋の相関は証明された。