この時点で、私は我が理論がすべての相関関係を証明できると確信した。すでに詰み筋は見えたり、あとは愚直な寄せによって我が論は完成するだろう。そうだ、この理論を「高橋システム」と名づけよう、――天才の深層原理証明として2023年に高橋が文春将棋に発表した、文豪が棋士の深層を明らかにしたとして棋界を驚愕させる(Wikipediaより)、という未来のウィキペディアの一文が私には垣間見えた、悪くないではないか。が、ここにきて五段目の桂を彷彿させる意外なる伏兵が我が前に現れる。
藤井聡太の嫌いな食べ物は、キノコとのことだ。
キノコ……、キノコ……、これはどう解釈するべきか。キノコが苦手――、キノコ的な戦法が苦手ということだろうか、将棋には一風変わった名称の戦法が多々ある、私の知らないキノコの名を冠した戦法があるのだろうか――、狼狽しつつも今度は『将棋戦法事典100+』(将棋世界編集部)を手に取る。
私が竜王を名乗ることができる方法は…
カニ囲いはあるが、キノコ囲いはない。ひねり飛車はあるが、ひねりキノコはない。三間キノコも、腰かけキノコも、ゴキゲンキノコも存在しないのだ。そしてここにきて、私の集中力は限界を迎えようとしていた。もはや次の一文を能動的に記すだけの想像力は残されていない。ゆえにキノコ問題を封じ手にして、この件はいったん持ち帰りにさせて頂きたい――。
さて、キノコ問題は解決できなかったが、私が竜王を名乗ることができる方法はすでに閃いている。
ペンネームを変えるのだ。
「高橋弘希」改め、「高橋竜王」とすれば、以後、私は編集者及び読者から、高橋竜王と呼ばれることになる。
「高橋竜王、次回の〆切は×日でお願いします」「高橋竜王、新著の『廃人すら失格』拝読いたしました」「高橋竜王、講演会『なぜ居玉か、我が人生に囲いという概念はない』の件ですが――」、悪くないではないか。
しかし問題点もある。出版社からの郵便物は私の実家へと発送されているが、この宛名がある日に突如「×市×町三丁目 高橋竜王様」となるのだ。
この郵便物をカーチャンが見た場合、突如として息子の名前が竜王になっており、あの子、前からちょっとおかしいと思っていたけどついに――、と要らぬ心配をさせることは避けられぬ。