“日本最大の機関投資家”と呼ばれる農林中央金庫。予想以上のスピードで進んだ米国の利上げの影響で、リーマン・ショック以来の窮地に立たされているという。その内実と人事について、ジャーナリスト・森岡英樹氏が迫った。

◆◆◆

 総資産は約102兆円、市場運用資金残高は約57兆円――農業、林業、漁業などの協同組合を統べる中央金融機関として、ピラミッドの頂点に立つ農林中央金庫(奥和登理事長)がいま、リーマン・ショック以来の窮地に立たされている。

 農林中金が2023年11月16日に発表した同年4~9月期の連結決算は、純利益が前年同期比15%減の1443億円で着地した。表面上は穏当な業績に見えるが、さにあらず。

ADVERTISEMENT

「有価証券の評価損は9月末時点で2兆5356億円と、3月末の9462億円から2.7倍に拡大しています。米連邦準備理事会の金融引き締めによる米金利の上昇によって、外債を中心に、債券の評価損が膨らんだことが主因です」(金融アナリスト)

 決算会見の席上で奥氏は、有価証券の評価損が拡大していることについてこう弁明した。

「世界的に長期金利が一段と高くなったことが要因だが、この水準でも自己資本比率は十分健全性を満たしている」

 確かに農林中金は、格付け会社から「資本効率が悪い」と指摘されるほど、自己資本を過剰に積み上げている。一般的に、大手銀行でも10~15%程度の自己資本比率であれば十分とされるなか、農林中金は含み損が膨らんだ2023年3月期でも22.03%、同年9月期も18.13%と高水準を維持している。

農林中金の奥和登理事長 ©時事通信社

「リーマン・ショックの二の舞になりかねない」

 しかし、内実は危うい。例えば、2023年3月期の連結純利益は前期比で72%減の509億円と、惨憺たる状態にあった。原因はアメリカの金融市場だ。

 “日本最大の機関投資家”と呼ばれる農林中金の収益の大半は、潤沢な円資金を国内外の有価証券等で運用するグローバル投資で稼いでいる。「国内の円で日本国債を購入。それを担保にドルを調達し、米国債等に投資する」のが基本投資フローだ。

 2023年9月末時点の総資産は約101兆9000億円で、うち有価証券への運用は約44兆1000億円と、全体の43.2%。このうち、USドル建てが53%と過半を占める。つまり、外貨の調達コストが収益を大きく左右する構造なのだ。

 ここ数年の米国の利上げスピードは、農林中金の予想を遥かに超えて進んだ。

「2023年3月期決算のままでは、格付けが下がる懸念もあった」

 こう内情を明かすのは、ある農林中金関係者だ。

 同社の格付け(2023年3月時点)は、S&Pでは長期債務格付け「A」、短期債務格付け「A-1」、ムーディーズでは長期債務格付け「A1」、短期債務格付け「P-1」と、共に高い。もし格下げされると、米ドル調達に際して、より高い金利を要求される可能性がある。外貨調達コストがさらに上昇すれば、当然、損失も膨らむ。そこで、

「経営陣の方針で今年度上期に、保有するオルタナティブ資産、例えば証券化した不動産などを売却して、益出しをしたのです。目標は1800億円でした」(同前)

 つまり、格付けが下がることを懸念した経営陣が、資産を売却してまで利益を捻出していた。これが上期決算の実態だったというのだ。

2023年、危うい時期もあった農林中金 ©時事通信社

「このままでは、リーマン・ショック時の二の舞になりかねない」

 こう真顔で心配する関係者もいたほどである。

 見た目の数字とは裏腹に、決して盤石とはいえない農林中金。そのトップの奥氏が、理事長に就任したのが2018年6月のこと。農林中金の理事長職の任期は1期3年。2024年6月は、ちょうど2期目が終わる時期である。