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キックボクシングで生活できないのは当然

現役時代を思い出しながら児嶋氏は続ける。

「大半の現役選手には本業があります。ある意味で、キックボクシングは副業のような位置づけ。副業している人が必ずしも独立するわけではないですよね? それと同じ感覚で、本業とキックボクシングを切り分けている人は多い印象です。だからファイトマネーが低いことに対して、問題意識を持っている人が少ないのかもしれません。まさに僕がそうでした」

「キックボクシングを始めたころ、シャドーボクシングが下手過ぎて周りから笑われました」と児嶋氏は言う。自他ともに格闘センスがないことを認めていた。

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それでも日本2位になれたのは、対戦オファーを断らなかったことが大きい。普通の選手が年間3~4試合ほどおこなうところを、児嶋氏は6試合こなした年もある。試合をした3週間後にまた試合をするという、格闘家としてはあり得ないスケジュールのときもあった。

「多くの選手は『まだ身体が回復していないから』という理由で、試合のオファーを辞退したことがあるはず。でも僕は一度も断ったことがありません。最終的には6年半も現役を続けましたが、当初は3~4年で引退しようと考えていました。だから短いスパンでどんどん試合をしたいなと思って、対戦を断らなかったんです」

才能がないから続けられた

格闘技の世界は厳しい。周りがどんどん辞めていく中、児嶋氏はキックボクシングを続けた。それができたのは自分に才能がなかったからだと言う。才能のある選手は伸びしろも少ない。「ワンツーフックを打て」と言われたらすぐにできてしまうため、面白みを見いだしにくい。

児嶋氏は伸びしろだらけだったので、練習を経て「できるようになること」が多かった。だからモチベーションを上げやすかった。

「どんどん選手が辞めていくので、勝手に強い人がいなくなりました。僕は対戦オファーを断らないため実戦経験が豊富です。その経験の差を武器に勝利を積み上げられたので、僕のセンスでは到達できないSフェザー級2位まで辿り着けたと思います」