「私が大学に受かるところまでがお母さんの絶頂期だった。高校では生徒会長で、有名芸大にも合格させた。お母さん偉いわ、みたいな。でも、私がダブったら、お母さん、突然頭がオカシクなっちゃって」
もう成人したとはいえ、過剰なまでに愛情を注いできた娘の挫折に、母の精神は壊れてしまったのだという。
「私に、毎日『一緒に死んでくれないか』ってガチなテンションで言ってくるようになったの。『恥ずかしいから』って。で、精神科に」
「死のうと思ってODした」
――お母さんに精神疾患が見つかったってこと?
「そう、統合失調症。のちに私も統合失調症だと診断された。だから遺伝だと思う」
――琴音も統合失調症? 病院には行ったの?
「うん」
――なんで?
「死のうと思ってOD(オーバードーズ)した。家にあった風邪薬を飲みまくった。そしたら死にかけたの。そのとき医者から診断された」
――留年して、お母さんの病気がわかった直後のこと?
「わかんない。記憶が曖昧なんですよね、当時の私は沼で」
沼とは、「(底なし)沼」にたとえて、ゲームやアニメなどの作品にどっぷりハマってしまう様子と、的確な受け答えのできない人の2つの意味がある、ネットスラングである(さらに知的障害の意味でも使われる〈“池沼”という〉が、ここでは関係ないので割愛)。
琴音の場合は後者で、理性を失った母の心の奥底に否応なしに引きずり込まれてしまい、その間の記憶がすっぽり抜け落ちているということだ。
ODで倒れている娘を放置した母
ただ、微かながらに覚えていることもある。
彼女がODで倒れているのを発見した母は、救急車を呼ぶと思いきや、サイレンの音でバレて周囲から奇異の目で見られることを嫌い、飲み込んだものを吐くように言うだけで、ひどい腹痛に襲われ意識が朦朧とする琴音をそのまま放置したという。
結局、病院には連れて行ったのだが、娘が生死の境を彷徨っていたとき、それでも母の頭に浮かんできたのは「世間体」だったことになる。