オフレコ「『ここだけの話』と言いながら意外に広がるのが早い情報」
池上 それから、メディア用語もたくさん紹介しました。
・特ダネ 自力で獲るものも、権力者から教えてもらうものも。
・スクープ 埋もれている事実を明らかにすること。あすになれば分かることも…。
・オフレコ 「ここだけの話」と言いながら意外に広がるのが早い情報。
福田君がよく言っていましたよね。某総理大臣が、ひそかにみんなに知らせたい時には、ある議員にだけ「ここだけの話だけど」と伝えると、やがて永田町全体に広がっていくという。
福田 竹下登元総理大臣の有名な逸話です。非常に人の扱いが巧みな人だったんでしょうね。僕が直接取材をしたのではなく、先輩記者がかつて竹下総理から聞いた話なのですが、ある若手政治家を利用するんですね。竹下総理から「ちょっと、ここだけの話だけどね」と情報を打ち明けます。すると、若手は嬉しくなって、周囲に漏らしてしまう。翌朝にその情報は、竹下総理が思い描いているように、じんわりと、身近な人たちから広がっているというんです。スパンッと新聞に抜かれたくない時には、その政治家に「ここだけの話だよ」と言うと、ネタがじんわりと広がる。
池上 記者たちに対しても使いますよね。有力政治家担当の番記者たちが集まってきた時に、「ここだけの話だよ」「オフレコだけどね」と言って情報を流す。そうすると、口伝てによその派閥へも情報が伝わることがある。そうと分かって話をする政治家もいるでしょう。
福田 そうですね。今の永田町で、こうした手練手管を使う老獪な政治家はほんのわずかでしょうね。団塊の世代の人たちが記者だった頃、政局というのはもっと人間臭かったのかもしれないですね。
選挙速報「翌日になればわかることに必死になること」
池上 一番スタッフの顰蹙を買ったのは「開票速報」。「翌日になればわかることに必死になること」。これには参ったでしょ。
福田 そうでしたね。「池上彰の総選挙ライブ」は、テレビ東京の選挙速報番組でもあるんです。確かに他局よりも遅いですが、速報担当のデスクがちゃんといるわけですよ。選挙特番の最大の使命は、選挙の勝者と敗者が誰なのか、どの政党なのかを報じることです。たしかに選挙特番が終わって、数時間経てば、翌日には分かることなのですが、報道機関としては血まなこになってしまう。
池上 非常に自虐的なギャグですよね。実は私が「週刊こどもニュース」をやっていた時にも同じことを言われたんです。私は報道局の人間でしたから、選挙になると「選挙速報番組はNHKのプライドにかけて、とにかく全力を尽くすものなんだ」と熱弁したら、制作局のディレクターから「翌日になればわかることに、どうしてそんな一生懸命やるんですか」って言われて絶句しました。
「お前、何言ってるんだよ」と言いつつも、「確かに」と納得してしまいましたね(笑)。選挙にとりわけ関心がある人は一刻も早く知りたい情報ですが、一般の人にとってはそんなに急ぐものでもないのだろうと思った時に、ムカッとしたんだけど、痛いところを突かれたという思いがありました。
福田 「開票速報」の項目は、実際に昨年秋の選挙特番で開票速報が始まる前に「政界 悪魔の辞典」の一例として紹介しましたよね。
池上 つまり「自分たちの番組まで笑い飛ばすような企画なんですよ」と見せることによって、毒がちょっと薄まるのではないかと考えたんです。「政界 悪魔の辞典」で政治家のことを揶揄しますけど、自分たちのことも俎上に上げていますよ、というね。
さらに言うと、「当確者プロフィール情報」にも暗黙の了解があります。それは、当然ながらその人の過去の失敗や、恥ずかしい話を書くんだけれども、本人を怒らせないギリギリのところで止めておくということ。たしか福田君が言ったことだと思うんですが、結婚式の時に新郎の悪友たちが、昔の悪いいたずらとか失敗談をしゃべるけれども、新婦が真っ青になるような過去の女性問題を絶対に話してはいけない。あれと同じなんですね。思わず当事者が番組を見て苦笑いするしかない、その程度を守ることも「品位ある政治風刺」として大切だと思います。
福田 池上さんがよく言っているのは「家族みんなで楽しむ選挙特番をやりましょうよ」ということ。投票に行った人も行かなかった人も、楽しんで観られる政治の特番という位置づけで、投票に行けない未成年の人も観ているかもしれないということを意識していますよね。