医療行政の観点からするならば、身元不明者の入院においては、本人確認がむつかしい場合は行旅病人及行旅死亡人取扱法という古い法律に基づいて、病院が所在する自治体で仮の戸籍を発行して本人の意思が回復するまで治療費や入院費を代位弁済することになります。
行旅病人及行旅死亡人取扱法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=132AC0000000093_20230616_505AC00000000
親族はDNA判定を拒否
ところが、病院が応召義務を拒否できる理由について、例えば暴力団排除条例(暴排条例)で反社会的勢力の皆さんの診療を断ることはあっても、合理的な理由で「テロリストとして指名手配されていたから」というのは含まれていません。認知症で正常な意思疎通に問題があるケースなどは頻出する一方で、非常にレアケースだと思うのですが末期がんで担ぎ込まれてきた人がテロリストの桐島聡ですと病院関係者に自供されてもみんな困惑しただろうなあというのは胸に来るものがあります。あんまりないよねそういうの。
結果的に、桐島聡ですと自供したにもかかわらず、本人確認のためのDNA鑑定は桐島聡さんの親族から拒否されたようですので、彼はあくまで「自称・桐島」としてその生涯を閉じ、長い時間の裏付け捜査を当局の宿題として残し幕を下ろすことになります。
「他人ごとではない」身分保証の問題
今後、この手の話が医療行政で問題視されることが増えるだろうと思うのは、テロリストが救急に担ぎ込まれてみんな呆然とすることではなく、身元不詳の独居老人が救急で運ばれてくることが増えることです。そうなれば、行政手続き上、類似の事案がどんどん出てきたとき自治体と受け入れ病院側で負担が増えていくでしょう。
今回の事件で医療方面がかなりザワザワしているのも、言われてみればそういうことも起きる世の中になるよなという認識が持たれたからに他なりません。
確かに桐島聡さんは行きがかり上、若かりし頃のやらかしで悲惨な事件を起こした責任を自ら背負う形で厳しい人生を送りましたが、特段犯罪を犯したわけでもないのにまともな生活を送ることができず生涯独身のまま孤独な死を迎える日本人にとっては他人事ではないぞということです。
そして、マイナンバーカードによる健康保険証(マイナ保険証)の是非も出てくるかと思うのですが、これは紙の保険証を桐島聡さんが使ったのではないかと問題視するのではなく、まっとうに暮らす国民として偽造されることの少ない身元保証の仕組みがしっかりあることでこのような問題から自分の身を守ることができる、というのは大事なことです。
駆けつけた捜査員には「後悔している」と供述していたらしい桐島聡さんの魂に平穏あれかしと祈りたく思いますが、事件を起こした後、組織とほとんど接触することなく新たな事件を起こさず静かに人生の幕を閉じたのであれば、私たちは彼の生きた歴史から何を学ぶべきなのでしょうか。