2019年10月に来襲した台風19号と直後の集中豪雨では洪水が起き、山形屋商店も浸水被害に遭った。
そして、福島県沖地震が2年連続で発生する。
2021年2月13日深夜、相馬市など1市3町で震度6強。さらに翌年の2022年3月16日深夜には、同市など3市2町でまたもや震度6強。
新型コロナウイルス感染症の流行と重なり、市民は著しく疲弊した。
こうして震災以降、少し復興が進んだかと思うと、また新たな災害に痛めつけられた。しかも地震の揺れは回を重ねるごとに酷くなり、2022年の福島県沖地震では住家などの公費解体申請が1177件も出される事態になっている。市内ではどんどん空き地が増えているのが現状だ。
地震で蔵が全壊したものの、再建する資力はなく…
福島県沖地震では山形屋商店もただでは済まなかった。特に2度目の2022年の地震では、冷蔵のショーケースがサッシ戸を突き破って道路に飛び出すありさまで、四つある蔵は全て大破。原料を収蔵する石蔵では石材が崩落した。ケガ人が出なかったのは、発生時刻が深夜だったからだろう。
雨が降れば作業場はまるで屋外であるかのように雨漏りし、床や壁にも深々としたひび割れが走った。
市の罹災調査では全壊とされ、解体して建て直すしかない状態だった。
だが、醤油醸造はもうかる産業ではない。山形屋商店は家族経営で、蔵を再建する資力がなかった。相馬市では震災以降、人口減少が著しく、経済規模も縮小し続けていて、どんなに頑張っても収益アップに結びつく要素はなかった。借金をしたら返せる見込みがない。渡辺さんは「このままだと廃業せざるを得ない」と口にするようになる。
醤油造りを再開できたワケ
ただ、全壊の蔵でも醤油を造ることはできた。
これには秘密がある。「福島方式」の醤油醸造である。
醤油の製造工程は大きく二つに分けられる。大豆や小麦を原料にして発酵させ、「生揚(きあ)げ」と呼ばれる生醤油を造る。ここまでが前半だ。後半は生揚げに副原料を加えて火入れをし、食欲をそそる香りを引き立て、鮮やかな色に整える。
福島県ではこのうち前半の生揚げの醸造を「共同」で行っていた。