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 どれほどの難関かは、清酒と比べれば分かる。同年に開かれた全国新酒鑑評会には826点が出品され、最高賞の金賞には4分の1に当たる205点が選ばれた。

 全国醤油品評会の賞は、大臣賞の他にも、農林水産大臣官房長賞(2022年は10点)と優秀賞(同35点)がある。これらを加えても、清酒の金賞より難易度が高い。「一生に一度、優秀賞でいいからもらいたい」と話す蔵元がいるほど狭き門なのに、地震でボロボロになった蔵で火入れした醤油が最高賞に輝くなど、奇跡に近い話だった。

 受賞は渡辺さんの心を揺さぶった。「力の及ぶ限り蔵を存続させよう」と、腹を決めた。

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2年連続の大臣賞に驚き

 だが、資金がないので壊れた箇所をとりあえず修理する程度にとどめるしかなかった。「また地震が来たら、その時はその時。やれるところまでやる」という開き直りの存続だった。

 そして翌年、2023年の全国醤油品評会で、またもや信じられないことが起きる。

 同年はちょうど50回目の記念すべき品評会だった。そこで福島県からは「たくさん出品しよう」という話になった。

 山形屋商店には3種類の醤油がある。主力商品のこいくち、料亭などが使ううすくち、そして「別上(べつじょう)」という銘柄のやや甘めのこいくちだ。普通なら主力商品のこいくちしか出品しないが、呼び掛けに応じて3種類全てを出した。

 すると、別上が大臣賞、うすくちが優秀賞に入った。

 蔵としては2年連続の大臣賞だ。うすくちも2年連続の入賞だった。優秀賞に選ばれることさえ難しい品評会なのに、驚くほかはない。

ごく一部でしか流通していない醤油が日本のトップに輝く

 実は同年の品評会は激戦だった。前年より51点多い321点が出品され、狭かった門がさらに狭くなった。「コロナが5類になり、ここで賞を取れば一気に消費が上がる可能性がありました。大手メーカーを始めとして、出品する蔵が多かったのです。それなのに受賞できて、本当にびっくりしました」と渡辺さんは今もまだ信じられない表情だ。

 「信じられない」理由は他にもあった。別上は極めて特殊な醤油で、相馬市でも港町でしか使われていなかったからだ。

「大手の素晴らしい醤油が出品されているのに、ごく狭い地区でしか流通していない醤油が、最高賞に選ばれるなんて」

 相馬市民でさえ存在を知らないような醤油が日本のトップに輝いたのである。