インド料理店でおなじみのメニューである「バターチキンカレー」。しかしこれは、インドの家庭にはなじみが薄い料理で、日本で初めて食べたというインド人も少なくないのだという。なぜここまで広がったのだろうか。およそ70年前、あるレストランが生み出した初期の「バターチキン」の味とは……?
南アジア研究者がインド料理のステレオタイプを解きほぐした『インドの食卓 そこに「カレー」はない』(笠井亮平/ハヤカワ新書)より、一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
◆ ◆ ◆
この十数年でインド料理店は急増
この十数年で、日本では都市部を中心にインド料理店が急増した。ターミナル駅なら1つや2つではないし、郊外の駅前にも1店舗はあるのが当たり前の光景になった。インドの国旗を掲げた店の前に出された看板には、メニューが写真入りで紹介されている。
こうした店のランチでよくあるのは、「Aセット バターチキン、ナンかライス、サラダ」「Bセット キーマカレー、ナンかライス、サラダ」といったセットメニューだ。カレーのリストから2種類、3種類をチョイスするスタイルもよく見かける。
ナンをちぎって濃厚でクリーミーなカレーにつけて食べ進めていく。サラダは千切りにしたキャベツやニンジンに、「謎ドレッシング」とも呼ばれる、オレンジ色のドレッシングがかけられていることが多い。ドリンクはラッシーや食後のチャイだろう。
バターチキンを食べたことがないインド人も?
インドでも現地の人びとは同じようなセットで食事をしていると思うかもしれない――ライスを手で食べるかどうかの違いはあるにせよ。だが、必ずしもそうではないのだ。日本に来て初めてバターチキンとナンを食べたというインド人も、1人や2人ではない。では、あれは何なのか。
バターチキンやキーマカレーをはじめとして日本の一般的なインド料理店で供されている料理の多くは北インドのもので、しかも外食としてのメニューなのだ。後インド料理といっても北インドの料理は南インドとは大きく異なるし、ベンガル地方を中心とする東部ともやはり違う。
それにインドではベジタリアンが多く、彼ら彼女らはそもそも肉を食べない。主食についても、パン系だけでもバリエーション豊富だし、ライスの味わい方もさまざまだ。ここでは、「定番」とされるインド料理がどうやって出来ていったのか、現地ではどのような位置づけなのか、そして北以外の地方にはどのような料理があるのかを見ていくことにしよう。