「三省堂書店を留萌に呼び隊」を結成
渡辺は忘年会の二次会で気がかりを振興局長に打ち明けた。すると、思いがある者が行動せよと、局長の特命により、畑違いでありながら書店の誘致プロジェクトを進めることになった。渡辺は、どうせなら全国展開している書店を誘致しようと、札幌に出店している大手書店グループへのアタックを始めた。だが立て続けに電話口で断られた。唯一、「現場を見ないとわからない」と応じてくれたのが、三省堂書店札幌店だった。
誘致活動を始めるにあたり、渡辺は仲間と出会った。一人は市立留萌図書館館長の伊端隆康だ。伊端は地元紙留萌新聞で長く記者を務めたあと、NPO法人の職員に転じ、勤務先のNPO法人が運営を受託した図書館の館長職に就いていた。伊端は図書館を預かる立場から、本屋がなくなることを危惧した。北海道新聞の留萌支局長と三人で開いた作戦会議で、伊端が「市民運動の形をとってはどうか」と提案した。背広を着た役人からの四角四面なアプローチより、草の根の市民からの要望の方が三省堂の心を動かすはずだと企んだ。
地元の動向に詳しい渡辺の部下の進言により、一人の女性を市民運動のリーダーに口説いた。その人、武良千春は獣医の夫の転勤にともない道内のあちこちに暮らした。三人の娘はのちに一人が図書館司書、一人が書店員になったほどの本好き一家で、道内で書店のない町に住んでいた頃には旭川の実家に戻るたびに書店で本を箱買いした。ママ友たちと本の読み聞かせのサークル活動をした経験もあった。町から本屋がなくなることに信じられないという思いがあった武良は「三省堂書店を留萌に呼び隊」代表を引き受けた。
参考書出張販売のブースでパートとして働くことに
年が明けると、三省堂書店札幌店店長の横内正広が視察にやってきた。留萌振興局の庁舎の隣にある市立留萌図書館に立ち寄った横内を迎えた館長の伊端は、新学期を迎える子どもたちのために参考書の出張販売をしてくれないかと相談した。伊端の所属するNPO法人は、留萌市教育委員会から参考書販売をするように打診されていて、プロの三省堂書店に任せた方が早いと伊端は考えたのだったが、このことは横内が今と出会うきっかけをもたらす。
3月、中心街の一角に三省堂による参考書出張販売のブースが開設され、今はパートとして働くことになった。届いたばかりの新しい本を中学生や小学生に手渡す。それは未来に関わる仕事でもある。3カ月ぶりに本を売る仕事ができることが今はうれしかった。
「これからの6週間、人生で見ればほんの一瞬だけど、精いっぱい本を売ろう」
今はスタッフにこう声をかけ、仕事に熱中した。すると、孫を連れてきた祖父母たちから「大人の読む本はないのかい」という声があがった。求めに応えて今は自宅から札幌店にファックスで注文を送り、数百冊を売り上げた。