「どうせ無理でしょ」留萌市民からは冷ややかな反応も
一方の呼び隊は三省堂書店の関係者に陳情を重ねたが、三省堂書店側は「経営はボランティアではできない」と慎重な姿勢を崩さない。三省堂書店の新規出店に関する内規には、「人口30万人以上」とある。人口だけ見れば留萌市は到底引っかからないのだ。
そこで呼び隊は留萌市民に「クラブ三省堂」というポイントカードの申し込みを募る作戦を立てた。一カ月で留萌市の人口の一割を超える2500人の申込書を集め、陳情書とともに三省堂書店に手渡した。北海道新聞留萌支局長は呼び隊の活動を刻々と記事にして援護射撃をした。
だが、渡辺は留萌市民の冷ややかな反応に遭遇する。
「あるとき、飲み屋で知らない人たちが、どうせ無理でしょ、と口々に言うのが聞こえたんです。正直言って、心が折れそうになりました」
庁内では農政部の課長がなぜ畑違いの活動をするのかと冷たい風が吹いた。留萌市長も積極的な姿勢を見せることはなかった。
それでも呼び隊が奔走し、三省堂書店の出張販売が終わる4月下旬には、8000人の申込書を集めた。
留萌ブックセンターの責任者に抜擢される
徐々に態度が軟化した三省堂書店に対し、留萌振興局はここぞとばかりに包括連携協定を提案した。地域密着型のブックフェアをはじめとするイベントの実施など、本を媒介に両者が協力しあって留萌市の繁栄に寄与しよう、という内容だ。留萌市も重い腰を上げた。総務省の地域振興予算を獲得し、雇用や店舗改修のための補助金を捻出したのだ。
連休明け、渡辺は三省堂書店札幌店店長の横内から、出店を決めたとの電話を受け、1カ月後には今が札幌店に呼び出された。留萌に出店するにあたり責任者になってほしいと横内に告げられ、今は熱いものがこみ上げた。また本屋の仕事ができるのだ。その日のことを夫婦はしみじみと振り返ったが、不思議とその記念すべき日の夜をどう過ごしたかはうろ覚えだった。美穂子は「家で乾杯したよねえ」、今は「いや、確か、面会が終わって外に出るとすぐに一杯飲んだ気がする」と言い、ふたりは顔を見合わせて笑った。どちらにせよ、夫婦はその夜、祝杯をあげた。そして2011(平成23)年7月、留萌ブックセンターは開業した。