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連載春日太一の木曜邦画劇場

チャンスに飢えた役者たち。その熱気が強烈な任侠作品!――春日太一の木曜邦画劇場

『懲役三兄弟』

2024/03/13
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1969年(96分)/東映/4950円(税込)

 一九六〇年代の半ばから後半にかけては東映の任侠映画が全盛期で、邦画界においては一人勝ちの状況にあった。

 そのため、他社で芽が出なかったり、人気が低落傾向にあったりする役者たちからすると、のし上がるチャンスは少なからずあった。

 今回取り上げる『懲役三兄弟』は、そうした背景を踏まえたら一段と楽しめる作品だ。

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 本作のポスターやDVDのパッケージに大きく写る役者は四名。東映の生え抜きで大看板に上り詰めた高倉健を除くと、菅原文太、若山富三郎、待田京介と、他社で燻っていたところを任侠映画に出て再びのチャンスを掴んだ――まさにそんな面々だ。

 ただ、何の情報も無しにこの画を眺めると、この四人の中の三人がタイトルにある「三兄弟」だと思うところだ。だが、実はそうではない。菅原と待田は「兄弟」なのだが、高倉と若山はゲスト的な助っ人でしかない。つまり、ただ一人、ポスターに写っていない「三兄弟」がいるのである。

 それが葉山良二。一時は日活で多くの主演をこなすスター的な立場にあったが、徐々に序列をさげてしまっていた。そうした中での任侠映画参戦であり、菅原、待田、若山と似た「このチャンスをモノにしよう」という状況にあった。

 本作は、そうしたチャンスに飢えた男たちの熱気が、強烈な活力を与えている。

 辰夫(菅原)と団七(待田)という暴れん坊の二人と折り目正しい渡世人の政吉(葉山)は、長い刑務所暮らしを分かち合った間柄。ある港湾都市でヤクザに睨まれて命が危うくなった辰夫と団七は、政吉が世話になった組を立て直すために別府へと向かう。そして抗争に巻き込まれ、壮絶な闘いを繰り広げる。

 とにかく、この三兄弟が魅力的だ。今にも暴発しそうな鬱屈を感じさせる硬派な菅原と硬軟自在な待田、そして若い二人を大人の余裕で受け止める葉山。それぞれに異なる個性を活かした三者三様の芝居が抜群のアンサンブルを織り成し、最高のチームとして映し出されることになった。

 特に葉山が印象深い。高倉健が演じそうな義理人情を重んじる渡世人役を、高倉を前に臆することなく演じきっているのだ。そこには、さすが元スターという貫禄があった。

 だが結論から言うと、葉山は七〇年代になる頃にはテレビの刑事ドラマや時代劇での悪役が活動の中心となる。菅原や若山が成し遂げたようなスターの座への返り咲きは、叶わなかったのだ。

 それでも本作を観ると、もしかしたら葉山にも二人のようなルートに乗る可能性があったかもしれない――と思わせるだけのものがあった。

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