江戸川乱歩の小説といえば、倒錯した性描写が代名詞だ。
ただ、その根底にあるのは――いささか恥ずかしい表現だが――「純愛」であると捉えている。対象に対する純なる愛情が何らかの事情をキッカケに歪み、倒錯へと向かう。
ただ、乱歩小説の映像化となると、どうしても倒錯性に焦点が行きがちで、純愛的な部分がおろそかな傾向にある。
今回取り上げる『江戸川乱歩の陰獣』は、原作の魅力を十二分に掬い取った、数少ない映画の中の一つだ。
物語は、探偵作家の寒川(あおい輝彦)が人妻の静子(香山美子)と出会うところから始まる。静子は人気作家の大江春泥に脅迫されていると訴え、その捜索を寒川に求める。春泥は全く表に顔を出すことのない、謎の作家だった。そして、本格的推理小説を是とする寒川にとってエログロな作風で話題を呼ぶ春泥は唾棄すべき存在で、批判を繰り広げてきた相手でもある。
うなじに謎の赤いミミズ腫れの見える、ミステリアスな静子。静子に歪な愛情で固執していると思しき春泥。静子に惹かれる想いと、春泥への嫉妬と対抗心から、寒川は事件へとのめり込んでいく。
加藤泰が監督と脚本を担当した本作。その最大の魅力は、奇をてらった演出をほどこすことなく、原作の展開を丹念に追いかけ、時に掘り下げながら、徐々に倒錯の沼へとはまりこんでいく男女の愛を描き切った点にある。
最終的に二人は加虐―被虐のSM的な性関係の入口に立つのだが、本作が見事なのは、そこに至る過程の描写だ。
緊張と恐怖の中で見つめ合う目と目、近づく顔と顔。前半は事件が大きく動かないのだが、その一方でもどかしいほど丁寧に、二人の距離が近づく様が映し出される。
中でも、静子の映し方が素晴らしい。さまざまに陰影を凝らした日本家屋ならではの照明と、上下左右あらゆる角度から映し出される静子のアップが、その妖しさを引き立て、寒川が彼女の虜になっていく様に観る側もまた感情移入するしかなくなる。
これがラストに効いてくる。原作では最後に寒川はある「真相」にたどり着くが、そのために静子を失う。静子は自分を騙していたのか、愛していたのか。謎とともに悔恨の念を残し、物語は終幕する。去来するのは、後味の悪い切なさだ。この読後感が、後を引く魅力になっている。
それと同じ余韻が、本作の鑑賞後にも残る。それは、前半の段階で静子に惹かれていく寒川の心情を完璧に描写しているからこそ。その結果、原作同様の切ないラブストーリーとして、本作を最後まで貫かせることができたのだ。