常に「居ない者」、透明人間として扱われてきたアジア系だが、急に可視化され、暴力の対象となった時期がある。コロナ禍だ。当時の米大統領、ドナルド・トランプがコロナウイルスのことを「チャイナウィルス」と連発し、アジア系への暴力犯罪が激増した。
「受け入れられた」と思っていた部分が死んでしまった
2021年、ジョージア州アトランタではアジア系のスパ施設で乱射が起き、殺害された8人のうち、6人がアジア系の女性だった。ニューヨーク市はアジア系への犯罪が最も頻発した都市であり、こちらも複数の死者が出た。
同じく2021年、フィリピン系の60代の女性、ヴィルマ・カリさんはマンハッタンのタイムズスクエアを歩いていた際、通りすがりの男に「お前はここに属さない」と言われ、地面に押し倒されて頭を何度も踏み付けられた。今年2月、犯人に懲役15年の刑が出た際、被害に遭ったカリさんは以下のコメントを発している。
「私は肉体的には死にませんでしたが、40年前に移民し、『私は受け入れられた』と思っていた部分が死んでしまいました。私は間違っていたのです」
人種憎悪が、40年間アメリカに暮らし、社会に貢献してきた女性の心を殺してしまったのだ。
これからのアジア系のために
アカデミー賞の翌日、ミシェル・ヨーがインスタグラムにてメッセージを発した。
「エマ、おめでとう!! 私はあなたを混乱させたけれど、私はあなたの親友ジェニファーと一緒にあなたにオスカーを渡す、その栄光の瞬間を共有したかった!!」
このメッセージは文字通りに受け取る派と、事態の沈静化として書かされたのだと推測する派に分かれた。そのどちらが事実かは知る由もない。
だが、アカデミー賞95年の歴史上、初のアジア系女優として大きな栄光を手にしたミシェル・ヨー。その誇り。後続俳優への鼓舞。アカデミー賞と世界に向けてのアジア系のプレゼンス。それらすべてを含めて、威風堂々と今年の受賞者にトロフィーを手渡すはずだった瞬間を奪われた。そのことに、多くのアジア系が怒りを覚えたのである。