放送終了後ちょうど10年を迎えた『笑っていいとも!』。ここでは『「笑っていいとも!」とその時代』(集英社新書)より一部抜粋。レギュラー期間の長かった出演者である中居正広、香取慎吾、草彅剛というSMAPの3人が番組に残した足跡をたどりながら、SMAPという存在が『いいとも!』の歴史において果たした唯一無二の役割を解き明かす。(全3回の2回目/#1#3を読む)

◇◇◇

「光GENJIに憧れて芸能界に入ったのに…」自虐ネタの香取慎吾

 では、『いいとも!』での3人は、実際どのように自らの役目を果たしたのだろうか? 彼らがレギュラーに就任した1994年から1995年は、SMAPがようやく歌手としても軌道に乗り始めた時期であった。1994年3月発売の「Hey Hey おおきに毎度あり」で初のオリコン週間シングルチャートの1位を獲得、さらに「オリジナル スマイル」(1994年6月発売)、「がんばりましょう」(1994年9月発売)という代表曲も生まれた。

ADVERTISEMENT

©文藝春秋

 そのことで、笑いという武器もいっそう輝きを帯びることになった。SMAPは、文字通り「本格的に歌とダンスができて、笑いもできる」という従来あまりいなかったタレントになったのである。『いいとも!』でも、彼らはアイドルと笑いの“二刀流”という唯一無二の強みを生かし、彼ららしい「遊び」の精神を存分に発揮した。

 恒例になっていた香取慎吾のコスプレなどは、そのひとつだろう。

『いいとも!』出演時の香取は、まるで自分自身が広告のディスプレイであるかのように、毎週自分たちの新曲や出演ドラマの宣伝、なにかの記念日を祝うプレートなどを衣装の一部としてまとって観客や視聴者を楽しませた。そこには、他の番組などでもたびたび見せていた彼のポップアートのセンスが発揮されていた。

©文藝春秋

 たとえば、『いいとも!』が5555回という節目の回を迎えたときには、大きくそのことを書いた衣装と花束を身に着け、番組終了後のトークでは「白馬の王子様のような光GENJIに憧れて芸能界に入ったのに、この格好でお昼にテレビに出てるとは」と自虐ネタで、笑いを誘っていた(2004年6月7日放送)。確かに、このようなコスプレは、かつての王子様的アイドルならば決してやらなかったことだろう。だが逆に言えば、だからこそ香取慎吾、ひいてはSMAPは、それまでにないアイドルになり得た。本人が意識していたのかはわからないが、そうした自負がにじみ出た場面である。