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「自分の名前の漢字、間違えてるよ」運転免許更新センターで足を止められ…結婚で改姓した小説家に起きた“まさかの悲劇”

山内マリコ『結婚とわたし』より#2

2024/05/24
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続・新姓問題

 運転免許更新センターは、完璧に流れ作業化された施設です。書類を持ってブースを回り、写真撮影までたどり着いたら、あとは講習会を受けて新しい免許証をもらってゴール。ところが、写真撮影の2つ手前の関門で、わたしは足を止められました。

 書類のチェック係であるおじいちゃん職員が、老眼鏡の奥の目を光らせ、「あなた、自分の名前の漢字、間違えてるよ」と言うのです。「へ?」と思う間もなく、おじいちゃん職員は超マイペースに、戸籍謄本に記載された旧字体の書き方をわたしに教えてくれました。たしかに戸籍謄本にある新しい苗字の漢字は、わたしが用紙に書き込んだものとは違います。「こんな漢字見たことねーよ!」と突っ込みたくなるような独特の、どこかまがまがしいもので、ただでさえレア物の苗字が一層読めない。夫の実家の表札でさえ新字体なんだし、その旧字体は戸籍謄本のみで使われてるものだから、黙認して新字体の方で通してほしいのに。そこらへんの事情を説明しようにも、問答無用で次のブースに押しやられ、そこで悲劇は起こったのでした。

 次のブースでは若い男性職員が、パソコンで名前を打ち込む作業をしていました。

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 しかしどうやら旧字体の漢字が見つからないらしく、一向に通してくれないのです。

 パソコンでも普通に出てくる旧字体はたくさんあるけど、わたしの新しい苗字の旧字体はそんな生半可なものではなかった様子。数分にわたって足止めされたわたしの後ろに、どんどん行列ができていき……。

 夫にLINEで免許証を送ってもらい、「夫も新字体なんですが」と職員に見せたものの、なぜか旧字体にこだわって折れてくれない。ひとまず「*」で表記された紙を渡され、「免許証には正しい字で入るから」とやっと通してもらえ、ついにわたしは、夫の一族が誰一人として持っていない、見たこともないおどろおどろしい旧字体で表記された免許証を手にしたのでした。それもこれも、おじいちゃん職員のステキなこだわりのおかげ! ああ、おじいちゃん職員、本当に、なんてことをしてくれたのだ……。

 なにもかも気に食わない新姓問題に対するささやかなレジスタンスとして、ここ最近わたしは密かに、通名というものを使っています。画数がいい、例の「茉莉子」を勝手に名乗っているのです。もちろん非公式なので公的機関では使わないけど、たとえばショップの個人情報なんかには、戸籍と違う名前でも差し支えないと思って、さらっと噓を書き込んでいたりします。

 通名で名乗るとき、わたしは世間をあざむく反社会分子なのである。ふふふふ。  

〈通名のつもりで一瞬だけ使っていた「☆☆茉莉子」でいまだにDMが届くことがあり、見るたびに「ヒィッ」と恥ずかしくなって破り捨ててます〉

結婚とわたし (ちくま文庫 や-63-1)

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山内 マリコ

筑摩書房

2024年2月13日 発売

「自分の名前の漢字、間違えてるよ」運転免許更新センターで足を止められ…結婚で改姓した小説家に起きた“まさかの悲劇”

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