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前貼りを「つけない方がいい芝居が出来る」と言う俳優も

――しかし、3つのうちの1つが前貼りの厳守なんですね。アダルトビデオの撮影でない限り、前貼りをつけることは当たり前だと思っていました…。

浅田 前貼りは決して、つけ心地のよいものではないんですね。だから俳優さんのなかには「つけない方が役に入り込めていい芝居が出来る」と言われる方もいます。でも、男女間の疑似性行為のシーンで、突然、男性のベテラン俳優が「前貼りを取りたい」と言ったら、例えば女性側が若手俳優だった場合「私は嫌なので取らないでください」とは非常に言いにくいんです。

――確かに。パワーバランスが影響し、その場で「NO」と言えないかもしれない。だから事前に同意を得ることが大事なんですね。

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浅田 はい。俳優間に限らず、経験の浅い監督もベテラン俳優に対して「NO」と言えない場合がありますし、なかには「俳優がいらないと言うならつけなくていいじゃないか」と言う監督もいます。

――う~ん。ないことはないでしょうが、それはかなりレアなケースな気がします…。

浅田 しかも、日本人は空気を読むのが得意ですが、「NO」と意思表示をするのが苦手。立場の強い方の意見に弱い方が「自分さえガマンすれば場が収まる」と考え、同調せざるを得なくなる、という恐れがあります。実際、言えなくて嫌な思いをしたと言われる俳優はたくさんいるんです。

 そもそも前貼りは、性器を露出しないためだけではなく、感染症予防など、衛生面、体の安全面を考えたうえでの最低限のエチケットです。アメリカでは「芝居がやりづらいから取りたい」という人はいないと聞きます。お芝居はお芝居です。

「断るという選択肢があるとは思っていなかった」

――浅田さんは元々、通訳として映像制作の現場に関わっていました。ICに転身したことで、気づかされたことはありますか?

浅田 色々と気づきはありますが、いちばんは俳優の皆さんがいかにつらい経験をしてきたのか、という点です。俳優に「このシーンではこういう演技がありますが、大丈夫ですか?」と、1つ1つ聞いていくなか、「ここまではできない」「やりたくない」と言われる場面はとてもたくさんあります。「実は過去、やりたくないと言えなかった」という話もよく聞きます。

衛生面からも「前貼りは最低限のエチケット」と指摘 ©鈴木七絵/文藝春秋

「監督の言うことは絶対であり、断るという選択肢があるとは思っていなかった」と驚かれる方がたくさんいます。俳優には、性的なことに関して「やりたくない」と言う権利があります。たとえ一度同意したことでも、撮影当日に翻してもかまわないんです。