「ただ、1個謝らなきゃいけないことがある」
タクヤは言った。
本当なら、最初にファンに伝えなきゃいけなかったのに、それが出来なかったこと。そして心配をかけたことをちゃんと謝りたいと言った。
そのことを彼は自分の口から伝えたかったのだ。結婚するという報告はもちろんだが、それ以上に、ちゃんと伝えられなかったことに対する謝罪の気持ちを。
僕がタクヤの言葉をまとめて、手書きで紙に書いた。
タクヤにそれを渡すと、その紙を見つめて、小さな声でその言葉を何度も反芻して自分の体に馴染ませている。
自分の言葉にして焼き付けると、僕を見て「ありがとう」と言って、その紙を自分の手で破り、言った。
「よし!!」
タクヤと僕がその話をしている間に、きっとリーダーはその日のライブで起きることをイメージして、対策を立てていたに違いない。
もしタクヤが1人で出て行き、ブーイングが起きたら。
その後、幕が落ちて、ファンが盛り上がらなかったら。
何より、この日のライブは、フリートークをカットにしていなかった。
芸能史上初の結婚報告
いつもは20分以上話すフリートーク。さすがにタクヤが数日前に会見し、コンサートの最初に1人で出て行って報告すれば、まったく結婚に触れないわけにはいかない。
だけど、タクヤが最初に挨拶した時の反応次第ではトークの内容も変えるべきだ。
自分たちの口からタクヤに「結婚おめでとう」と言うべきなのかどうか?
結婚の馴れそめを聞くべきなのか?
ただ、一つ言えるのは、ファンはこの日のコンサートを楽しみに来ているわけで、タクヤの結婚の報告を聞きに来たわけではないということだ。
乗り越えなければいけない壁があるのは事実。
この日のライブをどう楽しませるかが一番大切なことだ。
間違いなく。
難題。
そして、これをピンチと言う人もいるだろう。
このピンチにつまずき、彼らの勢いが落ちることを願う人だって沢山いる。
芸能界だ。
メンバーの1人が結婚を発表したあとの初めてのコンサート。
5万人の前で結婚することを報告するという、芸能史上初めてのことが行われる。
この日から彼ら5人のファンが一気に離れることもありえる。
やはり、ピンチである。
でもリーダーはよく言っていた。「ピンチはチャンス」
東京ドームに5万人の客が入り、彼らの運命の鍵を握るコンサートが始まった。