所持金3400万円という額に加えて、右手指がすべて欠けているというのを読んで「これはなんだろう」と思いましたね。妙に気になるというか。
――これまでも行旅死亡人の記事は書いていたんでしょうか。
武田 僕自身が書いたものはなかったですね。僕は大阪支社にいるのですが、地方の支局の記者に「こういう書けそうな情報がありましたよ」と報告をして、それが小さい記事になったというのはありました。
「北朝鮮の工作員だった可能性もあるのではないか」
――では、今回は強く興味を惹かれたから「取材をしよう」と思ったのでしょうか。
武田 うーん、そもそも記事になるとは思っていなかったんですよ。何もわからないから行旅死亡人になっているわけで、多少取材したところで手に入るのは、おそらく官報の情報に少し毛が生えたくらいの事実だけだろう、と。
ただ、「なんか見つけたし、他に追いかけているネタがあるわけでもないし」という記者の惰性で、担当窓口である尼崎市の生活保護のセクションに電話してみたのが最初でした。
――それから、伊藤さんと取材をするように?
武田 互いに同じタイミングで大阪に来て、年齢も同じで。興味を持つ分野も似ていたりしたので、もともと取材を共にすることも多かったんです。
だから「興味を持つだろう」と思って自然に、最初に話を持っていったという経緯です。
伊藤 私が最初に食いついたのは、警察内部やその女性の身元を調査する弁護士の方が「彼女、もしくは一緒に暮らしていた男性が、北朝鮮の工作員だった可能性もあるのではないか」と見立てていたことなんです。
住民票は抹消され、同居人がいた痕跡もない…謎は深まるばかり
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武田記者が、裁判所に選任された相続財産管理人の弁護士に問い合わせると、女性が「田中千津子(タナカチヅコ)」と名乗っていた方だと判明。
千津子さんの部屋から見つかった遺品のなかには、星形マークのついた謎のロケットペンダントがあり、蓋の部分を開けると内部には「141391 13487」と数字が記載されていた。ビニール袋に大事そうに入れられた1000ウォン札の韓国紙幣も見つかった。
千津子さんが住んでいた部屋の賃貸契約者の名義は「田中竜次」(仮名)さんだったが、武田記者と伊藤記者がアパートの管理人や周辺住民に聞き込みをしても、この男性が居住していた痕跡は見つからなかった。千津子さんの住民票は市役所のデータベースからも抹消されており、謎が深まるばかりだった――。
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