2020年4月、兵庫県尼崎市のとあるアパートで、女性が室内の金庫に3400万円を残して孤独死した。身元不明の死者「行旅死亡人」として官報に掲載され、住民票も抹消されていた彼女の正体とは?
“謎の女性”の身元を取材し、その半生に迫ったルポ『ある行旅死亡人の物語』(毎日新聞出版、2022年)を上梓した共同通信記者の武田惇志さんと伊藤亜衣さん(現在は退職)に、取材中に感じた社会課題や、「ある行旅死亡人」の人生を通して伝えたかった思いなどを聞いた。(全2回の2回目/1回目から続く)
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「行旅死亡人」になることは他人事ではない
「所持金3400万円」「身長約133cm」「右手指全て欠損」という印象深い情報とともに「行旅死亡人」として官報に掲載されていた「田中千津子」さん。
武田記者と伊藤記者は、住民票すら抹消されていた彼女の“謎多き過去”を取材し、本当の名前と身元をつきとめた。その過程で2人は、「行旅死亡人」を取材することにどのような意義を見出していたのか――。
――行旅死亡人として官報に記載されるのは年間600人から700人ほどで、そのほとんどの身元がわからないままであることに関して、取材中に課題感が生まれることはありましたか。
武田 官報を見ているとわかるんですが、例えばマイナンバーカードや免許証を持っていたり、金銭的に余裕がありそうだったりする人ですら行旅死亡人になることがあるんです。身寄りがない状態で孤独死して、発見が遅れるなどして顔が判別できないような状態になったために本人だと確定できないようなケースが典型的です。たったそれだけでアイデンティティ喪失状態になるんだと思うと、他人事ではないのかなと。
伊藤 もう少し行政や警察で調べられることがあるんじゃないか、と思う一方、普段記者として取材していると、いかに行政や警察が忙しいか、ということもわかるんですよ。だからこそ行旅死亡人の身元判明が優先順位としてはどうしても低くなってしまうのが現状です。
身元のわからない遺骨の対応がなかなかできないという問題もあります。かといって今回の私たちのように、第三者が調べるようなこともほとんどなくて、モヤモヤはしますね。
戸籍主義的な日本が抱える“問題”とは?
武田 千津子さんのケースに関してもそうですが、問題の所在のひとつには日本の家族主義と言いますか、戸籍主義的な部分にあるのかなと。基本的に、本籍がわからない遺体は身元不明として処理をされてしまう。そのため今回は、取材を重ねて本籍地を判明させる、ということが至上命題となっていました。
また、私が昨年に取材した別の行旅死亡人のケースでは、生前、血の繋がりがない仲間に囲まれていた方だったのですが、そういう人たちは家族としてカウントされず、遺骨を引き取ってもらえませんでした。