当初はデスクに「記事化は難しいのでは」と言われたが…
――しかし、当初はデスクの方から「記事化は難しいのではないか」と言われていたそうですね。
武田 そうなんですよ。それに、取材がひと段落して「ここまでかな」となった頃に、個人的にわりと満足してしまったところがあって。でも、伊藤から「早く原稿にすべきだ」とせっつかれましたね。原稿化したところで、その時点では世に出るかどうかもわからなかったんですけど。
――デスク側としては当初、記事化に肯定的でなかったとのことですが、それはどういう経緯でクリアしたんでしょうか。
武田 それはすごくシンプルで、こちらが書いて渡した原稿に、想像以上の読み応えがあったと言われたんです。僕が書いた原稿に、さらに伊藤がディテールの部分をかなり加筆してくれて。
伊藤 普段書いている新聞記事だと行数も限られているわけですが、今回は最初からネット記事として出すと決めていました。なので、「普段書けない分、書いてやろう」ではないですけど、これだけ2人で頑張ったんだから詰め込めるだけ詰め込もう、と思いながら原稿を書きました。
――そもそも最終的に記事化した目的と言いますか、モチベーションはおふたりにとってどのようなものだったのですか。
武田 僕は「共有したい」と思いましたね。自分たちが取材を通して感じたこと、興味深いと思ったこと、知りえたことを単純に読者に共有したかった。
伊藤 私もそうです。あとは、取材にまだ満足がいかなくて「記事を世に出すことで、情報提供を呼びかけたい」という気持ちもありました。まだできるんじゃないか、まだ情報が出てくるんじゃないか、と。
人間の“面影”が持つ「淡さ」と「曖昧さ」が本のテーマのひとつ
――2022年11月、千津子さんの半生を追ったルポルタージュが『ある行旅死亡人の物語』というタイトルで書籍化されました。ただ、千津子さんの「謎」が全て解明されたわけではないですよね。そのことについて、読者から批判などありましたか?
武田 ありました。書籍に対しての批判はほとんどがそういうものでした。「もっと知りたかった」「すっきりしない」といったような。
僕たちとしては割と納得がいく形で着地したんです。あとは書籍化にあたって、追加取材も結構しました。書籍にしたら1行にも満たない情報にしかならないことでも、やれることは全部やろうということで。
もちろん、ご批判についてはしっかりと受け止めます。ただ、僕たちは他者について知り尽くすことはできず、必ず「すっきりしない」ところが残ります。そうした人間の“面影”というものの持つ淡さ、曖昧さというのが、この本のテーマのひとつなんです。
――記事公開後や書籍発売後に、千津子さんに関する情報提供などありましたか。
伊藤 ほとんどありませんでした。千津子さんのパートナーと思われる男性「田中竜次(仮名)」さんに関しても同様です。