昨シーズン、38年ぶりに日本一に輝いた阪神タイガースは今季もその強さを見せることができるのだろうか。それとも……。ここでは1955年、プロ野球選手経験なしで突如阪神の監督に抜擢された岸一郎を描いた『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』(集英社)より抜粋。91歳を迎える吉田義男元監督にタイガースが強くなるための方法を尋ねた。(全2回の前編/後編を読む)
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「たとえ優勝しても監督を辞める」まさかの退任オープンリーチ
「そら、阪神の監督なんてけったいなもんですわな」
まもなく89歳になろうかという吉田義男がやわらかな、それこそビリケンさんのような微笑みを浮かべながら言った。
2022年の春。甲子園球場近くのホテルのラウンジ。時候の挨拶もそこそこに、タイガースの現状について話を向けると、吉田はどうにかなりまへんかねぇと困ったような顔をした。
この年の阪神タイガースは、開幕戦からリーグ記録となる9連敗という逆噴射スタートを切っていた。戦力がないわけではない。昨年にしても後半戦の大失速で優勝をヤクルトに攫われたとはいえ、セ・リーグの頂点を狙えるだけの戦力は十分に揃っていたはずなのだ。その原因と思しきことは、キャンプイン前日の1月31日に露見した。指揮官である矢野燿大監督が突如、今シーズンいっぱいで退任することを選手たちに伝えたというのだ。
前代未聞。プロ野球界の正月前日に「たとえ優勝したとしても監督を辞める」と宣言するまさかの退任オープンリーチは、またしてもタイガースのお家芸である球団内部でのゴタゴタが、現在進行形で起きていることを誰の目にも明らかにした。
「タイガースは“歴史はあるけど伝統がない”ということをよぉ言われるんです。巨人と同じような歴史があるのに、中身が違うんですよ。ぼくも昭和28年に入団してから選手として17年。監督に解説者も含めると60年あまりもの長い時間をタイガースにお世話になってきたんですけども、やはりよその球団と比べると特殊といいますかね。特にフロントと現場との一体感というものが希薄なのかなと思わされますね。そういうところから綻びが出て、内紛やお家騒動が起こってしまうのでしょう」
「監督にダマされた」という声が出ても球団は……
吉田義男はこの因業深きタイガースで誰よりも多い3度の監督を務めてきた。1985年にランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の新ダイナマイト打線を擁する圧倒的な攻撃野球でタイガース史上初の日本一となった印象が強いが、監督を務めた3期ともにその去り際は苦渋に満ちたものだった。