超高齢化社会に突き進む日本。その受け皿となるはずの介護業界に広がる「闇」を描いたミステリー『マンモスの抜け殻』が文庫化された。殺人事件に向き合う刑事の前には、「闇残業」「やりがい搾取」「洗脳された職員」など、介護ビジネスが抱える問題が立ちふさがっている。本書を執筆した作家・相場英雄さんは、非正規労働者の問題を鋭く描いた『ガラパゴス』など「震える牛」シリーズが累計50万部を突破するなど、社会派ミステリーの話題作を放ち続けている。

 ここでは文庫化された『マンモスの抜け殻』の単行本刊行時のインタビューを再公開する。(初出:2021年12月12日)

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ボコボコにへこんだ介護施設のミニバン

――介護問題を描こうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。

相場 朝と夕方に犬の散歩をしていると、介護施設のミニバンをたくさん見かけるんです。そのほとんどが、車体の部分がボコボコにへこんでいる。施設の名前が書かれた車は、ある種の『看板』であるはずなのに、修理をせずに公道を走っている。この業界はどうなっているのか、と疑問を感じたんです。

 もう一つは、コロナ禍で、地元の新潟に帰れなくなったときに、「親の老後」のことを真剣に考えました。「まだ先のこと」ではなく、「今、ここにある問題」だと思ったときに、デイサービスを受けた後、ボコボコにへこんだミニバンで送迎される、お年寄りたちの姿が、まるで自分の親のように見えたのです。

相場英雄氏

――取材した結果、介護業界の現状はどうだったのでしょうか。

相場 新型コロナへの不安から介護サービスの利用控えが進み、2020年のこの業界の倒産件数は過去最多の水準でした。事業者の経営も厳しくなり、労働環境も悪化しています。過酷な労働条件のなかで、職員たちは疲れきって、車をぶつけることも多くなり、それを修理する余裕もないのだと。スタッフが追い詰められた介護施設に、果たして、自分の両親を任せられるだろうか、という不安をいだきました。

 今まで、いろんな社会問題を書いてきましたが、これほど我が事のように感じたテーマはなかったですね。

 対策として、政府は、介護報酬を21年度の改定で、0.7%引き上げますが、これでは焼け石に水。ニッポンの介護は限界であり、それは私たちの問題だ、と。

――そのうえ、この国は少子化が進んで、超高齢化社会へと突入しています。

相場 厚生労働省の推計によると、65歳以上の高齢者の数は、2040年度に3900万人と、ピークを迎え、約280万人の介護職員が必要となるそうです。約70万人の人材が不足するのです。介護職員の平均給与は、月給で約29万円と、全体の水準から6万円程度低いとされています。

――一方で、親の介護をするために、仕事を辞めて、故郷へ戻る人も多いと聞きます。

相場 まさにその通りで、介護、デイサービスというのは、子供を保育園に預けるのと同じだと思うんです。介護が必要な親を、施設に預けられないと、仕事にも行けません。コロナ禍で、飲食業界の惨状だけが報じられてきましたが、介護業界もそうとう厳しいと実感しています。この国の最低限の暮らしを支える「社会保障の底」が抜けてしまった、と。