当時の俺にはまだそれらは見抜けてなかったが、会場の怪しい雰囲気だけは十分に察知することができた。虫の知らせではないが、「これ以上、深入りしては危ない」と本能が教えてくれたのかもしれない。
俺がこの時にセミナーに参加したマルチ集団は、名前を変えて2024年2月現在も活動している。仮想通貨のICO詐欺を軸にさまざまな商材の勧誘を行っていたが、俺はその中のひとつである不動産投資にまんまと引っかかってしまったのだ。
「それ、詐欺やで」
セミナーに参加したことで逆に不信感を抱いた俺は、野球サークルの先輩にことの顛末を相談した。
その先輩は俺の2歳年上で、短大を卒業した後、イベント系の会社に勤めているという話だった。まだ20代前半だというのに立派なヒゲをたくわえており、社会経験豊富な雰囲気を漂わせていたので、「この人なら何かわかるかもしれない」と思ったのだ。
「それ、詐欺やで」
先輩は俺の話を聞くなり、断定した。
やっぱりそうか――。
「詐欺」という言葉を聞いた瞬間、その場に崩れ落ちそうになった。
俺が情けない顔をしていると、先輩は契約の際に交わした電子書面を見ながら、「ちょっと待って」と言った。
「いまなら、解約して金を取り戻せるかもしれん」
先輩によると、電子書面には支払った金額の3分の2が返金される“早期解約”が可能だと書かれているという。
その後、先輩に教えてもらいながら、解約手続きを行った。その結果、60万円のうち40万円を返金させることができた。
返ってこなかった20万円は痛いが、勉強代だと思えば高くはない。
そう思い、自分自身を納得させた。
だが、安心したのも束の間、俺はこの一件がきっかけでさらなる悪徳商法の沼に沈み込んでいくのだった。