リュウジを筆頭に若い世代の多くにとって、「化調」で味を決めた町中華の味は決して懐かしい味ではない。それは、裏を返せば先入観もないということだ。世代による距離感の違いが、うま味調味料をめぐる議論の火種を大きくしているのかもしれない。
日本のうま味の変遷を語るとき、避けては通れない調味料。まずはそこから話を始めてみよう。
第五の味覚「UMAMI」として認知されるまで
うま味は、塩味、甘味、酸味、苦味と並ぶ基本五味のうちの一つである。料理の総合的なおいしさを表す「うまみ」とは異なり、うま味物質から感じる味のことを指す。うま味は、生命維持に必要なタンパク質のありかを知らせてくれる。
代表的なうま味成分はグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の3つだ。
このうちグルタミン酸はタンパク質を構成する20種類のアミノ酸のなかの一つで、肉や魚、野菜、発酵食品などさまざまな食材に含まれている。イノシン酸とグアニル酸は細胞核にある核酸系の物質で、イノシン酸は肉や魚などの動物性の食材に多く含まれ、グアニル酸は乾燥したきのこに多く含まれる。
うま味は、20世紀初めに東京帝国大学博士の池田菊苗によって発見された。池田は当時から、うま味は甘味、塩味、酸味、苦味という従来の基本4味とは異なる新しい味の一つだと確信していた。だが世界では、うま味はほかの味を底上げする風味増強剤の一種だと長らく考えられてきた。
第五の味覚「UMAMI」として世界から正式に認められたのは21世紀になってからだ。1990年代終わりから味物質を感知する味覚受容体の研究が飛躍的に進展するなかで議論が活発になり、「UMAMI」は国際語として広まっていった。そして2002年、舌の味蕾にうま味受容体が存在することが証明され、晴れてうま味は独立した味の一つだと認められた。
昆布だしから生まれた「味の素」
池田がうま味成分を発見するきっかけになったのが、昆布だしだったというのは有名な話だ。当時、東京ではかつお節でだしを取るのが一般的だったが、京都出身者だった池田は日頃から昆布だしに親しんでいた。そのおいしさのもとを探り当てようと試行錯誤し、1908年(明治41)、池田は昆布からグルタミン酸というアミノ酸の一種を抽出することに成功した。