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連載春日太一の木曜邦画劇場

寺田農の、その“したり声”は傲慢で知的な悪役ムスカの生命だ―春日太一の木曜邦画劇場

『天空の城ラピュタ』

2024/04/16
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1986年(124分)/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン/5170円(税込)

 寺田農(みのり)が亡くなった。

 教養と知性と狂気とを内包した独特の眼差しと、なんともいえない太々しい雰囲気が、この名優の若手時代から晩年まで一貫した魅力だった。そのため、チンピラ、殺し屋、軍師、権力者、粋人、腹の底の見えない野心家――幅広い役で凄みを見せつけている。

 また、声の仕事も素晴らしく、ナレーションも得意だった。明瞭な口跡に加え、声だけの時もあの知的で太々しい感じは漂っていたため、彼の語る内容は「真実」として有無を言わさないものがあった。その説得力の高さは、寺田が師と仰いできた三木のり平をして「したり顔というのはあるが、お前の声は《したり声》だ」と評さしめたという。

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 そうした寺田の声は吹き替えの仕事においても活かされ、若い頃から多くの洋画などで吹き替えをしている。中でも今回取り上げるアニメ映画『天空の城ラピュタ』は、寺田独特の「したり声」を存分に楽しめる一本といえるだろう。

 天空に浮かぶ伝説の城「ラピュタ」を巡る冒険ファンタジーで、寺田が演じるのはラピュタの力を得るために王族の末裔・シータを追う特務機関を率いるムスカ大佐だ。どこまでも太々しい野心家。まさに、寺田のために設定されたかのような役柄といえ、寺田もまた「したり声」を存分に発揮して、この傲慢で知的な悪役に生命を吹き込んだ。

 そして、本作がテレビで何度も放送されていく中で寺田=ムスカというイメージが定着。劇中でムスカの発する「人がゴミのようだ」「目が! 目が!」といったセリフは作品の代名詞のようになる。

ムスカ大佐 ©Studio Ghibli

 ただ、今から十年ほど前にインタビューさせていただいた際の話では、自身としては本作にあまり良い印象がなかったようで、記憶からも消去していたという。それでも寺田が大学で教鞭を執った際には、ムスカの芝居を学生に求められたことも。そこでムスカのセリフを再現してみようとするも、当時の記憶が全くない。結果、学生たちからは「似てない」と呆れられてしまう。それもあり、自身の経歴に本作を載せないでいた。

 その後に再婚相手が『ラピュタ』ファンということで改めて観ているうちに作品を楽しめるようになったという寺田は「今ではムスカのモノマネが上手くなった」と言って話を締めた。自身が演じた役柄に「モノマネ」という言葉を使うことで、当時の記憶との距離感を表現するあたり、さすがの知性と感心した。

 同時に、目の前で披露してくれた「人がゴミのようだ」「目が! 目が!」の声は、たしかにムスカそのもの。見事な「したり声のモノマネ」になっていた。至福だった。

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