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変わったからといって全てが許されるわけではない

――鳥羽は、過去の振る舞いについて反省し、現在は部下に慕われる上司へと変貌しました。部下との関係、娘への思いなど、鳥羽について思うことを教えてください。

中川 前作『99%離婚』では、鳥羽をほとんど完璧な人間として描きました。彼は自身の過ちを認め、学び直し、周りの人々に対してケアをし、他の人たちの変容を支援するような、いわば理想的な人物として登場します。本作でも、その姿勢は変わらず、できる範囲で周りの人たちに対してケアをすることを続けています。彼をロールモデルとして前作に登場させたのは、人は学び、変わることができるというメッセージを伝えたかったからです。

『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』より

 しかし、本作では「それで終わりじゃない」ということを強調したかったんです。人は学び、変わることができますが、それで完璧になるわけではありません。学び、変わったとしても、また違う形で失敗を犯したり、良かれと思って行った行動が意図せず人を傷つけてしまうこともあるんです。鳥羽のキャラクターを通して、そういう人間の脆さや、加害者になってしまう可能性を描きたかったのです。

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 鳥羽は私にとっても非常に思い入れのあるキャラクターです。自分が失敗しても、人のロールモデルになれるような存在は素晴らしいと思います。しかし、DV加害者が変わったからといって全てが許され、完璧な人間になるわけではないという現実もあります。

 私自身も、『99%離婚』を描き終わってからも、人を傷つけることがあります。自分のニーズを満たそうとする中で、知らず知らずのうちに人を傷つけたり、耐え難い関係においてケアできず関係を終了するような場面もあります。全く聖人君子なんかではない。ただ妻との関係は良いものになり、幸せになれたけれども、終わりではない。それを自分自身、当たり前のことなのですが、思い知らされることがあります。

 でも、学び変わったという雰囲気がでてしまうと、今度は人に弱音が吐けない。愚痴をこぼせない。自分はもう変わった、上手くいった人間だから、という自己認識が、次の加害を認められなくなったり、それゆえに人を傷つけてしまったり、否認してしまったりする。そういう難しさを表現したいという思いもありました。

 鳥羽には辛い体験をしてもらいましたが、それによって彼がどう成長し、どう向き合うかを描くことができたと思っています。特に娘への思いについては、親としての葛藤や愛情をリアルに表現できたと思います。子どもとの関わりを求めても叶わない人々の絶望感を、そしてそれでも生きていく勇気を、鳥羽を通して表現したかったのです。

『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』より

 GADHAやPaToCaでも、子供と会えなくなる人がたくさんいます。多くの場合は、面会交流調停をしたら時間はかかっても会うことができますし、子どもが再び親に関心を持って会いにいくというケースもあります。でも、会えるかどうかわからない中では加害者変容のモチベーションを持ち続けることが難しいこともよくあります。

 そんなときは「いつか会えた時、加害者のままでいると『こんな人が自分の親なのか……』とショックを受ける事例があるので、その時に向けて、自分のことも大切に、無軌道にならず、セルフネグレクトもせずに、自分を生きて、ケアをして、そういう自分でいることが、きっといつか会うお子さんにとっての贈り物になりますよ」と伝えています。

 変わろうと努力しても、必ずしも子どもと再び会えるわけではない、許されるわけではないという厳しい現実を描きながらも、それでもなお、自分のケアを始め、償いながら、周りにいる人も幸せにすること、ケアしあえる関係を生きることを通して、加害者も、自分を幸せにすることが可能だというメッセージを伝えたかったんです。

 それによって、いつか、どこかで、回り回って、子どもが生きやすい社会を作っていけるかもしれない。憎まれていても、許されなくても、会えなくても関われなくても、できることはあるのです。だからこそ、許されなくても幸せになっていい、自他にケアを始めていけるならば、という願いを込めた物語を描きたかったんです。