野球チーム、マリーンズは、〈ロッテホールディングス〉の子会社で、姉妹会社である〈ロッテホテル〉と同様、2008年の世界金融危機以来、急激に財政難に苦しみ、救いようのない状態にあった。
会長の鶴の一声で…
重光は以前、ヴァレンタインの将来については、2009年のシリーズの結果次第で決める、と宣言していた。ヴァレンタインの契約が終了した時点で、チームの状態と、ファンの希望を考慮に入れたうえで、決める、と。
ところが、父親の重光武雄会長が反対した。ロッテ帝国の85歳を超えた帝王、重光武雄は、チューインガムの小さな売店から身を起こし、単身でビジネスを築き上げた人物だ(当時、多くの在日朝鮮人が、靴磨き、夜の水商売、ヤクザ稼業などで生計を立てていた)。
息子がヴァレンタインと結んだ2000万ドルの契約が、はなから気に入っていなかったロッテ会長は、一刀両断。そのような法外な値段で契約を延長することは、まかりならぬ、と。
さらに、オフシーズンの三者会談——父親、息子、球団代表——の中で、父親は、球団の赤字を、20億円(2000万ドル)に抑えるよう命じた。
「ヴァレンタイン・ファミリー」への非常な解雇通告
財政カットの使命は、瀬戸山社長に託された。瀬戸山は、この状況下でヴァレンタインの報酬は高すぎる、と思った。とくに、彼から見れば、ヴァレンタインは下り坂の人間だ。
しかも、瀬戸山に言わせれば、チームの近代化のために、ヴァレンタインがリストアップした人間の数を考えると、社長の計算では、ロッテは年間800万ドルの出費を強いられている。
メディアが「ヴァレンタイン・ファミリー」と呼ぶグループの中には、荒木重雄がいる。この〈日本IBM〉の元社員は、ITに精通しており、ビジネスの最新化のために採用された。
嘉数駿もいる。ハーヴァード大出身の若者で、洗練された選手データベースを作った。
ラリー・ロッカもいる。このニューヨークの元スポーツライターは、〈レディーズ・ナイト〉〈サラリーマンズ・ナイト〉〈ディスコ・ナイト〉など、アメリカンスタイルのプロモーションを企画し、まんまと数百万ドル相当のロッテのコマーシャルをとりつけた。
瀬戸山は彼ら全員とほかの数人に、退任届を出して退職金を受け取るよう、頼んだ。