ロッキード事件の資料は段ボール100箱以上
ところが、手を付け始めて、呆然とした。事件への直接の関係者の多くが、既に鬼籍に入っている。これ以上の新事実など出てこないのではないかという不安に襲われた。
「それでも、まずは自分自身の目で、フラットに膨大な資料に当たろうと思いました」
関連書籍に目を通すのはもちろん、一次資料である検察調書を入手して読み込んだりもした。その他、とにかく手に入る限りの資料を集めたという。その量は、段ボール100箱以上。仕事に支障を来すほどの量の資料が、事務所を占拠した。
「先入観を取り除き、事実をそのまま受け入れるのではなく、時に事実を疑い、複数の仮説を立てて事件を再構築していこうと努めました」
定説になっていることも一から検証
大事なのは、思い込みにとらわれないこと。世間で定説になっていることに対しても、一から検証を続けた。
「すると、色々と違和感が沸いてきたのです」
たとえば、検察側の主張の中の、田中角栄への現金授受の場面。発覚するリスクの高い行為が4回も行われているという回数の多さ。しかも、白昼堂々と行われている。とりわけ、珍しく都内が大雪だった日に行われたという3回目への強い疑問。供述通りの時間内に億単位のお金を運ぶことが出来るのかどうか、ストップウォッチで時間を計りながら経路を実際に車で走ったりもした。
「違和感から仮説を立てて、検証する。その結果集まった事実のピースを再構成して全体像を“妄想”し、さらにそれを元に新たな仮説を立てる…という連続でした」
愚直にそれを繰り返すことで、新事実が現れ始めた。また、週刊誌の連載であったことも功を奏し、記事を読んだ関係者から「話を聞いてほしい」「今なら話せる」と連絡が入り始めた。その中には、これまで一度も取材を受けていない人もいた。ロッキード事件に、真山さんの視点による新たな光が当たり始めた。
「『ロッキード』を多くの読者が楽しんでもらえているのは、その思考や事件の再構築の過程の面白さが大きな理由かもしれません」
疑問の一つひとつを、決して妥協することなく、安きに流れることなく追求していく姿勢。それによって、時に現れる新しい事実から仮説を再構築していくプロセス。うまくいくこともあれば、そうじゃない場合もある。あと一歩が及ばず、証言者を永遠に失ってしまうケースもあった。
「真実を探索する一歩一歩を成功も失敗も含めて丁寧に描けたことは、この本の一つの成果でした」