実家を出ても、両親と距離を置いても、手術で難病の痛みが軽減しても、税理士の資格を取得しても、毎日のように「死にたい」と考え、何度も自殺未遂を繰り返していた丘咲さんだったが、生まれて初めて「生きたい」と思えたことに驚いた。以降もメンタルサポートを受け続け、見違えるように回復していく。
「トラウマ」の連鎖は止められる
丘咲さんは5年ほど前に再婚。息子は社会人になっている。
「一般社団法人『Onara』を立ち上げたのは、自分と同じ境遇の人とともに歩きたいと思うようになったからです。例えば、生活保護の申請ひとつとっても、虐待の後遺症がしんどい中では簡単なことではありません。また、いくら年齢を重ねて、虐待から時間が経ったとしても、後遺症はすぐに治るわけではありません。私自身、虐待の経験を話せるようになったのはここ5年ぐらいです。だから『Onara』ではSOSを求める虐待サバイバーに、年齢に関係なく、話を聞かせてもらったり、居場所を作ったり、支援制度の情報提供や窓口への同行などを行っています。
私たちの最終的なゴールは、こうしたバックアップを通して、虐待サバイバーの拠り所となること。本来の拠り所は家庭や行政ですが、残念ながら現実はそうじゃない人もいます。私たちのような団体だけでなく、頼れる場所がいくつも持てるような社会になればと願っています」
社団法人を立ち上げてからの約2年間で、お問い合わせフォームやX(旧Twitter)、イベントや紹介などで「Onara」に繋がり、SOSを発した人は1300人を超え、その大半が30代以上。そして約4割が男性だったという。
「最近は『虐待が連鎖する』というパワーワードが独り歩きし、虐待されて育った人の中には結婚や出産をためらう人が少なくないと思います。でも、連鎖させないことを心から願い、そのための工夫をしたり、信頼できる人や支援先に繋がったりすることで、連鎖は止めることができる場合もあります。ただ、息子から見て私自身が虐待をする親でなかったか、毒親のような存在に映っていなかったかどうかは、息子自身が決めることです。子どもの声を聞かないまま、『私は虐待する親ではない』『毒親ではない』と断言してしまうことは、とても怖いことだと思っています」
虐待があったかどうか、毒親であったかどうかは、「子ども自身が判断すること」という丘咲さんの意見に深く共感する。
虐待の後遺症は「トラウマ」となって残り、当事者の人生に影を落とし続ける。丘咲さんの両親は母親だけでなく、父親もまた虐待を受けて育った犠牲者だったという。両親は「トラウマ」を抱えたまま家庭を持ち、娘たちにもまた「トラウマ」を植え付けてしまった。しかし丘咲さんのように、「トラウマ」から回復することもできる。
「トラウマ」は連鎖し得ること、そして止め得ることを伝えていきたい。
INFORMATION
児童虐待、DV、ハラスメント……それらの背景には「トラウマの連鎖」の影響があるのではないか。連鎖を繰り返さないためにも「トラウマ」の背景を紐解いていきたい――。
本シリーズ「トラウマは連鎖する」では、過去に受けた被害の影響により、自身もまた周囲の人々に加害をしてしまう(してしまった)という当事者からの体験談を募集しています。
ぜひあなたの体験をお聞かせください。ご連絡はSoudan@es.bunshun.co.jpまで。取材に応じていただける場合は、その旨もお書き添えください。ご応募、お待ちしております。