坂本がその自伝をはじめ、たびたび引用してきたパラグラフだが、ここでは2012年から5年間にわたって彼に取材したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』で紹介された訳を引きたい。
我々はいつ果てるかを知らない/だから人生を枯れない井戸のように考える/だがいかなる事も限られた数しか味わえない/自分の人生に深く影響を与えた幼少期の――/とある昼下がりを幾度思い出すことだろう?/4~5回? それ程ないかもしれない/満月の昇る姿をあと幾度見るだろう?/例え20回だとしても全てが無限の如く思えるのだ
坂本が「The Sheltering Sky」を演奏するとき、そこには人生においてあと幾度見られるかわからない満月が、うつろに浮かんでいる。
「世界が最も美しい時、夜明け」
しかしラストの2曲「Happy End」「Merry Christmas Mr. Lawrence」の演奏では、夜を越え、光がふたたびスタジオを包む。
晩年の坂本が残した日記のなかには、彼の考える「世界が最も美しい時」についての言及があったという。
「どんな醜い都会であろうと、自然の中であろうと、世界が最も美しい時、夜明け」(※2)
つまり『Opus』は、世界が最も美しい時である夜明けを、最後に迎えるということなのだろうか。
ピアノの最後の1音は減衰し、やがて演奏は終わる。しかし感動の余韻はいつまでも消えない。
※1 「ダークな音に」没後1年・坂本龍一さんが調律師に最後に求めたピアノの音色 産経新聞、2024年3月23日
※2 『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』 新潮社、2023年
『Ryuichi Sakamoto | Opus』
SET LIST
Andata、Solitude、Bibo no Aozora、Aqua、Tong Poo、The Sheltering Sky、The Last Emperor、Merry Christmas Mr. Lawrenceなど
STAFF
音楽、演奏:坂本龍一/監督:空音央/撮影監督:ビル・キルスタイン/編集:川上拓也/録音、整音:ZAK/製作:空里香、アルバート・トーレン、増渕愛子、エリック・ニアリ/2023年/日本/103分/配給:ビターズ・エンド/4月26日 109シネマズプレミアム新宿先行公開、5月10日全国公開