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従来陸上競技は日本選手が上位に食い込みづらく、そのぶん世界中の選手の活躍を比較的冷静に眺めてきたはずだ。カール・ルイス、セルゲイ・ブブカ、ケネニサ・ベケレ、エレーナ・イシンバエワ、ウサイン・ボルト。国によらず、スーパースターをみんなたくさん知っている。世界中の速さを、跳躍を、パワーを、「勝て勝て勝て!」ではなく「すげーえ」という驚きとともに讃えてきたのだ。負けっぱなしの時は、案外物事に対して寛容で、自分と関わりのないものも広く緩やかに受け入れられるのに、ちょっと勝てると思った瞬間、変に欲が出て、おらが村の子だけを可愛がるような視野狭窄に陥るのだからふしぎだ。
苦い敗北の道程こそ、テレビのスポーツ中継でしか見られないものかもしれない
負けてゆくものを観るのは辛い。惨めで痛ましくて、自分までやりこめられた気持ちになる。けれど本当に記憶に濃く刻まれるものは、勝利の喜びよりも、なぜか苦い敗北の道程だ。本当はそれこそがテレビのスポーツ中継でしか観られないものなのかもしれない。隣り合って慰める仲間もおらず、カメラが捉えた敗者の顔と自分との一対一になる。八八年のペナントを制した西武よりも、近鉄の最終戦を語る人は多い。すでに優勝は夢と消えたあの十回裏、ベンチから選手をじっと見つめる仰木彬監督の表情を目撃したことを、悔いた人はいないだろう。