大学4年生になり、周りが一般企業への就職を決めていくなか、映画の仕事をしてみたいと考えていた当時の西川美和さんは、知人の伝手を頼って「助監督さん」に初めて会うことに。生まれて初めて出会った映画人は思いがけず暗い目をしていて……。
ここでは、『ゆれる』『ディア・ドクター』『すばらしき世界』など、数々の話題作を手掛け、またエッセイ・小説の名手としても知られる映画監督の西川美和の最新エッセイ『ハコウマに乗って』(文藝春秋)の一部を公開中。「好き」と「仕事」の関係性についての考察を紹介する(全3回の3回目/#1、#2を読む。初出:2022/1/08)。
この仕事につく以前、私には映画関係の知り合いは一人もなかった。映画や写真や音楽にのめり込んでいた大学時代の仲間も、四年生になると出版社や鉄道会社や商社に就職を決めていったが、私は一人「映画の仕事をしてみたい」と青臭い夢に浸りつつ働き口を探していた。
そんな折、故郷の父が通う床屋の息子が映画会社で撮影助手をしているという話を聞いた。クラスの中でも物静かだったO君が、大きなカメラを担いで撮影現場に立っているとは意外だった。床屋には巨匠カメラマンの傍らに立つO君の写真が飾られているそうだ。すごーい。
私は図々しくもO君を頼って、撮影所の先輩を紹介してもらうことにした。そうしてO君のアパートにやってきたプロの「助監督さん」が、私が生まれて初めて出会った映画人であった。
「現場に入りたいって? 将来監督になりたいと思ってるわけ? きつい世界だし、将来性はないし、君みたいな子が思ってるような場所じゃないよ」
O君が用意してくれた鍋をつつきながら、黒いジャンパーに白ちゃけたジーンズの助監督さんは暗い目をしてそう呟いた。若い女だからって、俺は本当のことしか言わねえからな、という壁を感じた。けれどそれもやみくもな排他というより、この人自身の夢のくじかれた果ての表れのような気がした。泥にまみれて仕事をしても、割ばかり食って監督になんてなれない。これだけ勉強して、情熱を注いでる俺たちがだ。それをお前みたいな半端な女が簡単に考えてくれるなよ。と言われているようだった。O君のせっかくの鍋は全く美味くなかった。