「午後8時頃夕食後に四谷のドン・ボスコ社にデルコール神父と2人で自動車に乗り……」とあるが、さらに詳細なことを神父は事情聴取で話していた。

「午後8時頃夕食を終えてからデルコール神父と四谷のドン・ボスコ社に『バイブルケース』を取りに行き、午後9時頃に戻り雑談して同10時頃就寝した」

 この裏付けをとるため、警察は四谷のドン・ボスコ社の留守番、彦坂智江に訊問した。すると彼女はきっぱりとこう答えたのである。

ADVERTISEMENT

「3月8、15、22日の日曜は店が休みで、昼間も夜間も外来者は全然ない。もちろん杉並のドン・ボスコ社の方から誰も来なかった」

 明らかに「行動リスト」と違っている。アリバイ工作は破綻かと思われたが、数日後、彦坂氏は自らの証言を訂正したのだ。

「先日の供述に誤りがあった。よく考えたら、ベルメルシュ神父とデルコール神父が午後八時半頃『バイブルケース』を取りに来た」

 まさに神父の供述とピタリと一致する内容に変えてきたのだ。この留守番の女性はカトリック信者でドン・ボスコ社に雇われている身である。そもそも彼女の証言は信用できぬと警察は判断した。

 捜査報告書を続ける。

 9日午前5時から午前8時30分の間:午前5時起床。ミサを行い、午前6時30分スロイテル他一名と調布の神学校に行く。3人でノートルダム修道院でミサを行い、午前8時30分頃神学校に戻る。

 午前8時30分より午前10時30分の間:荘厳初ミサに与る。

 午前10時30より午前11時15分の間:神学校の校庭で、集合者全員の記念撮影が行われた。この写真はベルメルシュ神父が撮ったので本人はこれに入っていない。

 午前11時15分:ベルメルシュ神父がドン・ボスコ社の野々山氏にブドウ酒10本を神学校に届けるように電話して来たので、同氏がスクーターですぐ届けるとベルメルシュ神父が受け取った。

 正午より午後6時30分:神学校でベルギー人のコンパニヤ(筆者注:キリシタン用語でイエスズの修道会の略。すなわちイエスズ会)があり、午後2時30分に終わって、スロイテル、ベルメルシュ神父他一名の3人で調布郵便局に行き、ベルギーに電報を打った。それから神学校で行われた劇を最前列で見ていた。

「劇を最前列で見ていた」という神父の行動は、私の脳裏に残った。なぜなら彼は日本を脱出後、カナダのセント・ジョンに「ベルメルシュ劇場」をつくっていたからであった。彼は演劇や音楽などの舞台芸術を愛好していたのだろうが、それを社会的事業として展開するヴィジョンを当時からもっていたのだろうか。

 さて、神父の行動リストに戻る。