親子、夫婦、きょうだい……家族間の暴力や虐待など、家庭内で起きる悲劇が後を絶たない。なぜ肉親に対して殺意を抱き、一線を踏み越えてしまうのか。傍聴人でライターの高橋ユキさんに、2016年に千葉県酒々井町(しすいまち)で起きた姉弟間の殺人事件をふりかえっていただいた。
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「翔と連絡が取れない」
そんな連絡を受けて友人たちは2016年9月12日の昼過ぎ、森本翔さん(仮名、当時21)の住む、千葉県酒々井町の一軒家に向かった。
「Twitter(当時)を毎日更新しているのに、更新が途絶えて心配だったことと、彼自身、不幸なことが続いていて、首を吊ろうとしたこともあったので、何かあったんじゃないかと思った」
とのちに語る友人が心配しながら一軒家のインターフォンを押すと、玄関先に出てきたのは翔さんの姉の森本麻里(仮名、当時25)だった。「翔は今、家にいない」と言われたが、友人は信じなかった。過去にも麻里から「いない」と言われて帰宅したところ、実は翔さんは部屋で寝ていたということがあったからだ。家に入らせてほしいと麻里に告げるも「お腹の病気で玄関を汚したから入れられない」などと断られ、押し問答が続いた。
そんなタイミングで合流した別の友人が外から翔さん宅のWi-Fiに接続し、翔さんがいつも使っているタブレット端末が自宅Wi-Fiに接続状態のままだということが分かる。職場である特別養護老人ホームへの通勤に使っている車も停められたまま。「いない」という姉の返答に友人たちはますます疑念を抱いた。
夕方までこう着状態が続いたが、友人は意を決して警察に通報。警察官が中に踏み込んだところ、室内から切断された翔さんの遺体が見つかった。姉の麻里は翌日、死体損壊と死体遺棄容疑で逮捕され、のちに殺人で再逮捕。起訴へと至った。
きょうだいの複雑な生い立ち
遺体発見から約1年半後の2018年2月、姉の麻里に対する裁判員裁判が千葉地裁で開かれた。起訴されていたのは2016年8月31日ごろに翔さんの身体枢要部を刺して殺害したという殺人罪のほか、友人らが家を訪ねてくる日まで、翔さんの遺体を包丁やノコギリなどで切断し、バラバラにした遺体のうち肉片をごみ集積所やバイト先のゴミ箱などに遺棄・骨を冷凍庫に隠匿したという死体損壊・遺棄罪。さらに翔さんを絶命させたのち、彼のクレジットカードを用いてメルカリで花柄ワンピースなど4点を購入したという電子計算機使用詐欺罪にも問われていた。
麻里は初公判罪状認否で公訴事実をほぼ認めたが殺人罪についてのみ「殺したという殺意はありません」と殺意を否認し、弁護人も「自らの身体を守るための行為であり正当防衛だった」と主張した。
体操服のような青いジャージにメガネ、ショートヘアの小柄な麻里は法廷でペコペコとお辞儀をしながら証言台の前に移動した。人定質問で職業を問われ「スーパーのレジ打ちです」と答える。彼女は事件当時、弟の翔さんとふたりで一軒家に暮らしていた。ふたりだけで実家を出たわけではなく、ここが元々家族の住む実家だった。きょうだいの生い立ちは複雑だ。