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この時点では早めの終局すら予想していたが…

 昼食休憩後、豊島が端に桂を打ち、香の進出を食い止めた。ここまでは控室の予想通り。だが、桂が質駒ではいかにも苦しい。

 本局の副立会人は、佐藤和俊七段(朝日)と渡辺和史六段(毎日)。2人とも奨励会で苦労した叩き上げだ。佐藤は年齢制限1年前の25歳で棋士になった。渡辺は三段リーグ初参加の成績が1勝17敗で、24歳で四段になるまで11期かかっている。苦労したぶんだけ将棋への愛情が深く、将棋界を代表する好人物だ。

佐藤和俊七段(左)と渡辺和史六段(右)

 佐藤が「藤井さんがじっと陣形を整えていると豊島さんに有効な手がないですね」と言えば、渡辺も「玉を中住まいにして飛車を下段に引けば、藤井さんが好きそうな構えになりますね」と同意する。この時点では早めの終局すら予想していた。

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 ところが藤井は、49分の長考ですぐ桂を取った!

 森内と私で思わず「ひょえー」と声が出る。ここで取る手を考える棋士はほとんどいない。こういうときは慌てて取ってはいけないと叩き込まれているからだ。

「いやー、これはすごい。取っちゃうと後手陣にもキズが残るし、このあと一手のミスもなく指さなくてはいけない。イバラの道を選びましたね」(森内)

藤井が垂らした歩を豊島が取ったところで夕休憩

 藤井は桂を打って飛車を捕まえ、香→桂→飛車と駒がアップグレードしてゆく。取った飛車をすぐ端に打ってと金を払う。ここまでは藤井の想定通りの局面だったろう。

 しかし、ここからの豊島の粘りが見事だった。駒損にもかかわらず角をじっと引いて手を渡し、玉の頭上に桂を打って守る。そして飛車の頭に歩を打ち、飛車角の利きを遮断したところで控室の空気が変わった。藤井の駒が押し込まれ、打った飛車が目標となっている。

「立会人の言うようにイバラの道だったか……」と私がつぶやくと、佐藤と渡辺がうなずく。もう藤井優勢という雰囲気はない。喉に刺さった小骨が取れたかのように、豊島の表情はすっきりしている。

 48手目に藤井が垂らした歩を、65手目に豊島が取ったところで午後5時となり、30分の夕休憩になった。両者におにぎりが供される。2日目夕方、勝負の先行きが見えない状況で登場するおにぎりは、豪華な昼食やおやつとは違う趣がある。夜戦に備えて対局者は黙々と食べるのだろう。

写真=勝又清和

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