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「ひょえー!」藤井聡太名人が49分の長考で指した“イバラの道”の一手に控室では悲鳴が上がった

「ひょえー!」藤井聡太名人が49分の長考で指した“イバラの道”の一手に控室では悲鳴が上がった

プロが読み解く第82期名人戦七番勝負 #2-1

2024/05/08
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 さて藤井はどういう駒組みにするのかなと見ていると、浮き飛車にして3四の歩を守り、昼食休憩を挟んで61分もの長考で、突然、角を中央に飛び出した! なんだこの手は、なるほど確かに歩で追うと、飛車の可動域が狭くなる上、玉のコビンが開く。ひねり飛車に対して、浮き飛車に中央の角とは見たことがない。

 そして、ここから藤井は見事な手順で次々とポイントをあげる。働きの良い先手の桂に対し、端から桂を跳ねてぶつけ交換する。さらに桂打ちを見せて豊島に歩を使わせる。ひねり飛車の良さをすべて潰してしまう。第1局のお返しとばかりに藤井が構想力を見せつけ、1日目は40手にも至らず豊島の封じ手となった。

筆者は2日目に現地へと赴いた

藤井が見せた中央の角について、森内に話を聞くと…

 2日目、私は京成線で成田へ向かい、駅から参道を歩いて11時半ごろ現地に着いた。検討中の棋士たちに挨拶すると、皆困った顔をしていた。あれっ、何が起きたのか?

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 藤井が桂を打って豊島の飛車を左辺で身動きがとれない状態にして、逆サイドの端攻めを敢行していた。端に垂らした歩を取らせれば、後手は桂か香が入手できる。そして、その駒で飛車を取れる。防ぐ手段は難しい。まさに技ありだ。

 これは長考間違いなし。ということで立会人の森内俊之九段と雑談に入る。

立会人を務めた森内俊之九段

 森内は、名人戦の舞台で羽生善治九段と何度も死闘を繰り広げ、羽生よりも先に永世名人の資格を得た(森内が十八世名人、羽生が十九世名人)。名人戦登場12回、名人獲得8期にのぼる。成田山新勝寺での名人戦は3度目だが、過去2局は森内ー羽生戦だった。

 その森内に、序盤に藤井が見せた中央の角について見解を聞いてみたかった。

「チェスのオープニングみたいですね。チェスでは、序盤早々にビショップ(角)が相手陣地まで出る手があるんです。ポーン(歩)で追い返されるんですが、それで形を乱すという」(※あとで調べたらルイ・ロペスというメジャーなオープニングだそうだ)

「藤井さんはチェス・プロブレム(チェスの詰将棋)を解くそうですが、チェスから発想を得たんでしょうか?」

「いや、それはわかりません。ですが、藤井さんは発想が豊かですよね。先入観にとらわれない」