「将来は施設に入ってゆっくり暮らしたい」自身の老後について、漠然とそう考えている人は少なくないだろう。しかし、少ない年金受給額による費用の問題もさることながら、老人ホーム職員による利用者への虐待という問題も顕在化してきている。

 ノンフィクションライターの甚野博則さんは自身の母親の介護をきっかけに、制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いた。ここでは「介護業界のリアル」をまとめた『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。

 ベテラン介護士が語る、老人ホームで実際に目撃した衝撃的な虐待行為とは――。(全4回の2回目/最初から読む)

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※写真はイメージ ©mapo/イメージマート

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「バレないから」と骨折を放置

「私なら絶対、こんな施設に入らない」

 そう話すのは関東郊外の特養(特別養護老人ホーム)で働く上田康子さん(仮名)。特養とは、日常生活において介護が必要な高齢者を対象とした介護施設のことをいう。50代の彼女は、これまで複数の介護施設に勤務してきたベテラン介護士だ。

「介護の世界は本当に酷いですよ」

 上田さんがそう話す理由の一つが、高齢者に対する“虐待”だ。

 東北地方出身の上田さんは約20年前から介護業界で働き始めた。以前は、派遣会社に登録して北関東のサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)で介護士として働いていたという。現在の職場も正社員ではなく、所属元は派遣会社だ。その派遣会社と2か月ごとに契約を更新する雇用形態だと話した。

 介護業界に失望している彼女は、以前の職場での体験をこう振り返る。

「ある日、夜勤をしていたとき、夜中に入居者さんが部屋の外を歩いていて、怪我をしたことがありました。私たちが目を離した隙に、エレベーターホールで転倒してしまい、腕が変な方向に曲がってしまったんです」

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 騒ぎに気付いて駆け付けた上田さんは慌てて、「すぐ救急車を呼びましょう」と古株の女性介護士に言ったが、それを拒まれたというのだ。そして古株の介護士は上田さんに、こう言い放った。

「この人は認知症だから大丈夫」

 大丈夫とはどういうことか。一瞬、言葉の意味を理解できなかった上田さんだが、古株の介護士の次の一言で、全てを理解し失望したという。

「本人は怪我をした状況も忘れるだろうから、室内で勝手に転倒していたことにすれば大丈夫」

 大丈夫なのは、入居者の怪我の状況ではなく、事故が起こったことはバレないだろうという意味だった。事故を隠蔽することで、責任を取らされなくて済むという、自分たちの保身に過ぎなかった。