「将来は施設に入ってゆっくり暮らしたい」自身の老後について、漠然とそう考えている人は少なくないだろう。しかし、少ない年金受給額による費用の問題もさることながら、老人ホーム職員による利用者への虐待という問題も顕在化してきている。
ノンフィクションライターの甚野博則さんは自身の母親の介護をきっかけに、制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いた。ここでは「介護業界のリアル」をまとめた『実録ルポ 介護の裏』(文春新書)を一部抜粋して紹介する。
甚野さんが“潜入取材”により目の当たりにした「評判がよくない老人ホーム」の実態とは――。(全4回の3回目/最初から読む)
実際に老人ホームに“潜入取材”
取材を続けていくなかで、実際にある「住宅型有料老人ホーム」に“潜入取材”を行う機会を得ることになる。そこからは消極的介護の実態が見えてきたのだった――。
〈ここに入居している高齢者の生活を見ていると、人間扱いされていない感じがする〉
2022年の夏、一通のメールが週刊文春編集部に届いた。送り主は関西でケアマネとして働く山田敏子さん(仮名)だ。山田さんが仕事で月に一度訪問している有料老人ホームに関する情報提供だった。その施設が、利用者を〈人間扱い〉していないように感じているというのだ。一体どういうことなのか。
彼女とは何度かメールや電話でやり取りをすることになった。安い入居費用で365日、デイサービスを行っていると謳う老人ホームが、実際にはまともな介護をしていないといい、これが介護施設といえるのかと疑問に思っているとのことだった。
そんな彼女が疑問視する施設は、地元の株式会社が運営しており、利益優先主義の経営者のもと、人手不足の状態が続いているという。現役のケアマネが問題視する施設とは、一体どんなところなのか。そんな疑問を抱きながら、京都駅から30分ほど在来線に揺られて小さな駅に着いたのが同年9月のこと。駅前で山田さんと待ち合わせをし、詳しく話を聞くことになった。
山田さんの年齢は40代前半。もともと大学で福祉を学んでおり、そのまま介護業界に入ったという。結婚後、一時期は介護の仕事を離れて海外で暮らしたこともあったが、帰国後は再び介護の職に就いた。現在はケアマネジャーとして働いている。
話をするなかで、山田さんからこんな提案があった。
「うまく言葉で説明できないので、今から施設の様子を一緒に見学しませんか?」
彼女の話によれば、同じ会社が経営する介護施設が近隣の市に10か所以上あるという。地元では知らない人がいないほど手広く介護事業を展開しているが、どの老人ホームも介護関係者には“評判がよくない施設”として知られているそうだ。10か所以上ある施設のうち、彼女の顔が知られていない施設があるというので、そこに2人で“潜入取材”を試みることになったのだった。
「施設を見てみたいと電話すれば、たいていは中を見学させてくれるはずです」