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「プロで通用しない」「海外なんて無謀だ」高校時代無名だった長谷部誠(40)は、なぜサッカー選手として大成できたのか?

『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』より#2

2024/05/18
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ドイツのヴォルフスブルクからのオファー

 幸運にも絶好のタイミングで、ドイツのヴォルフスブルクと、イタリアのシエナからオファーが届いた。イタリアは外国人枠の問題もあったので、僕はヴォルフスブルクのオファーを優先した。

 金銭的なことを書くと、ヴォルフスブルクの提示価格が良かったわけではない。ただ、あのタイミングでの移籍はお金ではなかった。自分に必要だったのは、毎日ヒリヒリするような競争と挑戦であった。

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 僕は代理人のロベルト佃さんとともに、またしても両親と四者面談を行なった。

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 両親は「海外なんて無謀だ」とすごく心配していたからだ。ロベさんが移籍にともなうメリット、デメリットを細かく説明しても、両親はなかなか納得してくれなかった。

 けれど、いつだって最後は僕の気持ちを優先してくれる。

 話し合いが終わりに差しかかったとき、両親が問いかけてきた。

「本当にヨーロッパでできるの?」

 僕は父親と、母親の目を交互に見つめて答えた。

「できるよ。僕は大丈夫だから」

 ドイツへ出発するとき、両親は後援会の人たちとともに成田空港まで見送りに来てくれた。両親も僕と同じように腹を括っていてくれたのだと思う。心配そうなそぶりをまったく見せずに、快く送り出してくれた。

「どちらが難しいか」そして「どちらが得るものが多いか」

 とはいえ、僕だっていつも無鉄砲に、壁を目がけて突っ走るわけではない。

 道に迷ったときは、「どちらが難しいか」を考えると同時に、「どちらが得るものが多いか」も考えるようにしている。たいていの場合、「難しい道」と「得るものが多い道」は一致するが、そうではない場合もある。それは自分が今いる場所で、まだ何かをやり遂げたとは言えない場合だ。

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 ワタミグループ創業者の渡邉美樹さんが、著書のなかでこんなことを書いていた。

「最近の若者は、会社をすぐ辞める。今の仕事が自分のやりたいことじゃないから、次を探す、という感じで。でも、今いる会社で与えられた仕事をできないのでは、転職先でもできるわけがない。だから今の会社で我慢して、自分で本当にできたと思ったときに転職すればいい。それをやらずに人のせいにしたり、自分とは合わないからという理由で、すぐに辞めていく若者が多すぎる」

 僕は渡邉さんの考えに大賛成だ。挑戦と逃げることはまったく違う。もし今いる場所でまだ何もやり遂げられていないのなら、新たな道を探したりせず、そこに留まる方が「得るものが多い」はずだ。

 レッズから海外に移籍しようと思ったとき、僕はすでにJリーグ、天皇杯、ナビスコカップのタイトルを手にしていた。次の「難しい道」に進む準備はできていたと思う。一方、ヴォルフスブルクでは2009年にブンデスリーガで優勝したものの、1年間を通してレギュラーとして出場するという目標はまだ達成できていなかった。だから、’10年4月下旬に契約を延長するか迷ったときには、「まだヴォルフスブルクでやり残したことがある」と考え、クラブに留まることを選んだ。