「で、ね、私、ある日急に思いついたんです。そうだ、青森の恐山にはイタコがいると聞いたことがある。一度、親父を呼んでもらって、とっちめてやろう」
亡き父を懲らしめるためイタコの力を借りようとした男性……ところが、事態は思わぬ方向に。恐山菩提寺で住職代理を務める南直哉さんの最新刊『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
◆◆◆
イタコに亡き父を降霊してもらおうと思ったら…
父親の死から数年後、彼はこの計画を実行に移す。社命で青森に出張した帰り、恐山に立ち寄ったのだ。
「何て言うんですか、七月のお祭りみたいな時で、大勢人がいて、イタコさんの小屋の前は大行列で、私は何時間も待ちましたよ」
この忍耐の結果、彼はイタコさんの前にでて、父親の「口寄せ」を依頼したのだ。
「ずいぶんお年を召したイタコさんでね、父の名前と命日を訊かれました」
「どうでした?」
「イタコさんは、何というか、お経か呪文のような唱え言をしつつ、一瞬、トランス状態みたいになったかと思うと、いきなり閉じていた白濁した目を見開いて、言ったんです。それがですね……」
彼は聊(いささ)か芝居がかったタメを作った。
「それが……?」
「それが、イタコさんがこう言ったんです。『アンタの父親はここにいないよ。どこか他所(よそ)に行ってるよ』、と」