1909年の発売以来、賛成派と反対派による論争が続いている、うま味調味料の「味の素」。いったいなぜ、うま味調味料にネガティブなイメージを持つ人が増えたのだろうか?
ここでは、戦後日本の歴史を“味覚の変遷”から読み解いた、澁川祐子氏の著書『味なニッポン戦後史』(集英社インターナショナル)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
◆◆◆
「中華料理店症候群」の後遺症
引き金になったのは、1968年にイギリスの医学雑誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された「チャイニーズ・レストラン・シンドローム(中華料理店症候群)」と題する報告だった。
その内容は、中華料理を食べたあとに頭痛や発汗、しびれなどの症状が多数起きているというものだった。さらにその原因の1つとして、中華料理に多く含まれるグルタミン酸ナトリウムの可能性が示唆されていた。これが話題になったところに翌1969年、グルタミン酸ナトリウムをマウスに皮下注射した実験を通して、その害が指摘された。
折しも人工甘味料のチクロに発がん性の疑いが指摘され、使用禁止になったばかりだった。1960年代後半は食品添加物や公害の問題が表面化し、化学物質の弊害が人々に広く共有されていった時代である。当時の「化学調味料」という呼び方もあだになった。
なお、化学調味料という呼び方を初めて使ったのはNHKの料理番組『きょうの料理』とされる。それまではもっぱら商品名で通っていたが、公共放送で特定の商品名を登場させないという方針に従い、1960年代に“最先端の調味料”を思わせるネーミングが編み出されたという経緯があった。つまり、最初のうちはポジティブに語られていたのが、科学への不信感によってネガティブなイメージへと反転してしまったのだ。