賛成派と反対派による終わりなき論争が繰り広げられる、うま味調味料の「味の素」。一方その裏では、うま味調味料の原点である「だし」がブームになっているという。その知られざる背景とは?
ここでは、戦後日本の歴史を“味覚の変遷”から読み解いた、澁川祐子氏の著書『味なニッポン戦後史』(集英社インターナショナル)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
◆◆◆
だしを取らない、だしブーム
うま味調味料をめぐる賛否両論が渦巻く一方で、その原点であるだしは、ここのところ息の長いブームになっている。
火つけ役は2006年(平成18)にだしパックを売り出した茅乃舎(かやのや)だとされる。種々のだしが試飲できる売り場を初めて見たとき、たしかにこれは画期的だと思った記憶がある。
その後、だしをドリンクのように味わう「飲むおだし」で人気を博したのは、かつお節の老舗のにんべんが手がけるだし専門店「日本橋だし場」だ。2010年(平成22)にオープンして以来、2022年にはかつお節だしが累計100万杯を突破した。
しかしブームのわりに、だしを自分で取っている人はそれほど多くない。
日本昆布協会が2016年(平成28)に行ったアンケートの結果では、「あなたは普段の料理で、主にどんなタイプのだしを使っていますか」という問いに対し、顆粒だしと答えた人は64.0%。だしパックや液体だしを使っている人を合わせると、80%を超える。一方、昆布やかつお節などの素材からだしを取っている人は18.4%にすぎない。
多くの人がだしの取り方として、まっさきに思い浮かべるのは昆布とかつお節の合わせだしだろう。水から昆布を煮て、沸騰直前に取り出す。煮立ったら、かつお節をバサッと入れて、アクをすくいながら1分ほど煮て火を止める。かつお節が沈んだら漉(こ)して完成だ。
言うは易(やす)く行うは難(かた)し。プロでも一家言(いっかげん)あるだしの取り方だ。どこまで煮たら昆布からうま味を十分に引き出せたと判断できるのか、あるいはかつお節をどれだけ煮すぎたら雑味(ざつみ)になるのか、自信をもって見極められるかというとなかなかむずかしい。少なくとも私は、いつまで経っても心許ない気分が拭えない。