「映像って100%思い通りになんて撮れないんですよ」
──これだけ重みのある原作で、俳優の底力も強い作品だと、演出が難しかったのではないでしょうか。
関根 僕はあまり自分のスタイルにはこだわらないんです。それよりも、物語の持つ磁力とか、その作品に対してどういうアプローチがいいのかということを考えているところがあります。
実際、僕が10人いて徹底して指示を出せばいい作品が撮れる、というやり方では、作為的なものしか生まれず、心を動かされる面白い映画はできないと思います。
俳優、スタッフみんなで作品の持つ面白さを共有し、お互いに意見を交わしながら作っていく。これによって、豊かな映像作品ができあがると僕は思っています。結局、映像って100%思い通りになんて撮れないんですよ。
僕がこれまでメインでやってきた、CMやミュージックビデオ(MV)は、非常に限られた時間内で提示された世界観を作り上げることが求められますが、その業界ですら、完璧に思い描いた世界を100%描けるなんて、まずありません。それができたら、CGかアニメーションになっちゃいますからね。
撮影しながら泣いた杏と奥田瑛二の親子シーン
──押しつけではなく、みんなで作ることで、意外な感動も生まれるのですね。実際、撮影中に俳優陣と一緒につくりあげたことで印象に残っているシーンはありますか?
関根 千紗子と認知症を患う千紗子の父・孝蔵(奥田瑛二)、そして拓未(中須翔真)の3人が工房で粘土をこねて作品をつくるシーンですね。あのシーンはとても感動的でした。
もともと、このシーンだけはフリースタイルでやろうと決めていたんです。なので、場所と日程だけ決めて3人に集まってもらい、「今日楽しいことやるよ!」と言って粘土を渡しました。
最初は、俳優陣のみなさんも段取りや演出がないことに戸惑われたようでしたが、「その場で楽しくやろう」みたいな感じを受けて、奥田さんがアドリブで振り切った演技をしてくださって。
それを受けて杏さんも中須くんもアドリブでリアルな感情を見せてくれて、感動的なシーンが撮れました。
そのほか、個人的に気に入っているのは、縁側で千紗子が孝蔵の肩にもたれかかるシーンです。撮影しながら泣いてしまいました。自分で撮りたいと思っていたシーンだったので、実現できてよかったです。
──拓未役の中須さんの演技には、杏さんと奥田さんにも負けない熱量の高さを感じました。中須さんにはどのような演技指導をされたのですか?
関根 実は彼には最後まで脚本を渡さず、セリフや演技は、都度現場で伝えるという手法を採りました。