ある新聞記事を発端にして作られた社会派映画。『あんのこと』がなによりも感動的なのは、透徹した視点で人と社会を映すからだ。荒んだ日々からの更生を誓った主人公・杏(河合優実)を、コロナ禍の現実が押しつぶしていく。
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「傑作」という言葉を安易に使いたくない。
その名にふさわしくない作品を、傑作とは決して呼びたくない。
しかしWEBやSNSには傑作があふれかえっている。挙句の果てには、「大傑作」とか「大大傑作」とかいう、ほとんど品のない表現すら散見する。
思うに、傑作の2文字は大切に取っておくべきなのだ。『あんのこと』のように、真に優れた作品を評価するときのために。
コロナ禍でなければ起きなかったはずの実際の事件
――この映画は実際にあった事件に基づいている。
冒頭に表示されるように、『あんのこと』はある新聞記事に綴られた、少女の悲劇をベースにして作られている。
それは名もなき少女の、コロナ禍でなければ起きなかったはずの事件だ。
杏(あん)――その少女をモデルにした主人公――は母による児童虐待を受けて育った。
小学生時代に不登校になった彼女は、10代半ばから売春をくり返し、薬物を常習してきた。
だが多々羅という刑事との出会いが、荒んだ日々を見直す、大きなきっかけとなる。
「クスリをやめたかったら来い」
そう声をかけられ、彼が主催する薬物更生者の自助グループに参加した彼女は、薬物を絶ち、やがて老人ホームに介護の仕事を見つける。
茶髪を黒く染め、夜間中学に通いだし、新たな生活を始める杏。
しかしそんな折、多々羅に性加害の疑惑が持ち上がる。新型コロナウイルスの感染拡大は、彼女とさまざまな人たちとの繋がりを絶ちきっていく。孤立した彼女は、ついに――。
杏に共感を寄せつつ、一定の距離を取る視点
脚本は無駄なく、要所を押さえ、なおかつ自制的だ。